総勢29名となった部隊を2つに分け、特務隊はシェク隊、クロト隊に分かれ……
食料問題を解決すべく、クロト隊はスクインを出発。
中立地帯「ボーダーゾーン」に位置する町、「ハブ」に向かって旅立った。
第三部:西部編⑥ ハブ
ボーダーゾーン。
ホーリーネーションとシェク王国の中間に位置するこの地は、すなわち統治者の存在しない無法の地である。
行き交う人も多く、それを狙った野盗も出没はするが、スクインからハブへはそう遠く無い。
いざとなれば衛兵を頼ってやり過ごす事も出来るだろう。
そうでなくとも、既にクロト達の戦力であれば、飢えた野盗の小集団程度なら返り討ちにする事も可能だ。
大砂漠やスワンプと比べれば、比較的安全な土地と言える。
放浪者、商人、遊牧民も数多く行き交う、活気の感じられる街道。
強者が弱者を守り、育て、腐敗や収奪を許さず、敵を排除し、敵でない者には寛容。
野蛮な所はあるものの、そんなシェクの気風がこの地の平和を維持している。
クロトは、ともすればシェクの在り方こそが理想的なのではないかとさえ思えてくる。
金銭に執着する事なく、国民一人一人が武人…… その在り方、人間には容易に真似出来ないが。
野盗と出くわす事もなく、無事ハブの町に着く。
防備も乏しく、衛兵の数は少なく、不用心な門構え。
崩壊し、半ば無価値となったが故に成立している、奇妙な中立地帯。
南北に伸びる大国間の交易路をつなぐ……文字通りの「ハブ」拠点となる場所。
それが、この町だ。
ここもかつては戦場だった。
フェニックス王とエサタ女王の間で休戦協定が結ばれていなければ、今頃は無人の廃墟となっていただろう。
そんなハブの町に存在するのは、一軒の酒場と、シノビギルドのアジトのみ。
生きていくために已む無く自然発生的に誕生した組織「ニンジャ商人」が管理する旅人の宿。
まずは、ここで打ち合わせを行う。
「おう、おっちゃん! 肉と酒だ! どんどん持ってきてくれや!」
「このご時世だ、いくら金を積まれてもそう沢山は用意出来んよ」
実際、出てきた食事量は一行が空腹を満たすギリギリの量でしかなかった。
「40点。 どうにも立地条件が悪いようですね」
放浪のJRPG族(おそらくは浮浪忍者)のホワイトはこの土地に詳しいようで、様々な事情に通じていた。
この土地はホーリーネーションで討ち滅ぼされて来た「追放者」の中から自然発生的に生まれた忍者の末裔達が集う場所となっていて、誰でも受け入れるが、極力何者にも与しない土地柄である、とか。
中でも、町外れの塔に居を構える…… 盗み、誘拐、殺し、何でも請け負う「シノビ盗賊団」の一党とは協力も敵対もしない、不干渉の関係を維持している。
シノビギルドとは対ゾンビ同盟として協力関係にあるが、元来が犯罪組織であるため、諸国との関係は良くない。
あまり現地組織間の揉め事に首を突っ込まないように、気を付けた方がいいだろう。
「軍資金が幾らか残っている間に、なんとかしないとマズそうですね」
「北に酒場が一軒あります。そちらと合わせれば、食料はなんとかなると思います」
「ハブの町からも見える位置にある…… ほら、あそこ」
ともあれ、徒歩で通える距離にもう一軒食料供給源が存在している事は分かった。
「後は、資金の問題ですね」
「うぅーん……」
クロトは悩んでいた。
まだ当座の資金は残っているとは言え、蓄えは乏しく、かと言って、すぐにここから北を目指して出発するにはまだまだ準備不足……
「ここはやっぱり…… 鉱夫、ですかね……」
「くっ、やはりそうなるのか、我が主よ!」
「私は構いません。
中立地帯に腰を据えての暮らしも悪くないと思います……」
「ウムウム、そうじゃの。
あっちこっち出向いては大変な目に遭うて来たからのう」
「お客さん、しばらくここに留まる気なら、小屋を買ったらどうだい」
酒場の店主が商機を得たりとセールストークを開始する。
「その人数ならストームハウスの方がいいか? 安くしとくよ!」
「そう、ですね……
酒場に入り浸り、というのも良くないでしょうし」
「80点! 修復が必要とは言え、家一軒が4800catとは、なかなかにお買い得と言えましょう!」
商魂たくましいハイブプリンスのシルバーシェイドの目から見ても、これはお買い得な物件だった。
「一時の宿代わりとは言え…… 住む家を得られるとは、感慨無量だな……」
ハムートの目は涙に潤んでいるように見えた。
きっと、幸せだった頃の事を思い出しているのだろう。
「さあ、素材は揃いました、みんなで仕上げてしまいましょう!」
チーム総出での突貫作業で、間もなく……
「これで名実共に一城の主であるな、クロト殿!」
「オレ達15人で暮らすには手狭だが、休憩所としては十分だろう」
「ここにこうして研究台を設置すれば……」
「スクインと、こちらとで、研究成果の共有が出来るんですよ!」
人工衛星を介してのネットワーク……などという概念は、持っていない。
ただ、そのように機能するとだけの認識であり、原理は分かっていない。
ともあれ、今後、登録ID『特務部隊』の設備間では、研究の共有が可能となったという事だ。
鉱夫業も開始。
労働班が箱に鉱石を集め、拠点班は訓練と鍛錬に励みつつ、重い鉱石を店まで運んで売却。
少し離れた北の酒場まで行く場合でも油断はせず、足の速い者が買い出しを担当する。
これで、生活は安定し始めた。
スクイン、ハブ、両チームによる同時鉱夫により、資金難も解消しつつあった。
とは言え……
やはり、この荒野の町ではいくら金を積んでも、手に入る食料の量には限度がある。
そこで……
「ガルが五匹…… やっちまうかい?」
「ですね。背に腹は変えられません。
僕達、装備の揃った前衛で斬り込みます!」
「うぐっ……!!」
「15点! どう言う事かねこれは!」
通りすがりの野生のヤギが戦闘に巻き込まれ、思わぬ大群との戦闘に。
混戦の中、軽装の人員がバタバタと倒れ始める。
「ぐっ…… すまない…… やはり我らは足手まといか……」
「ハムートさん!?
くそっ! やっぱり実戦は計算通りに行かない!」
被害は小さくなかったが……
それでも無事ヤギとガルの群れを駆逐し終え……
食料容器も完成し、たっぷりと保存食を溜め込むことに成功。
スクインとの技術連携によってベッドも完成し……
トレーニングダミーの設置も完了。
鋼鉄地金を購入し、トレーニングダミーを強化。
新人達の基礎訓練も進んでいく。
当面の保存食も確保でき、ハブの町での生活は安定軌道に入っていた。
そんなある日の事。
ゾンビ、襲来。
幸い襲撃規模は大きくなく、ハイブゾンビが殆ど。
酒場内部まで入り込んだシェクゾンビが最大の驚異。
すかさず傭兵に仕事を依頼。
これに対処する。
勝敗が決するまで、そう長い時間は掛からなかった。
まだ実力のついていないハムートやモムソーにとっても、良い戦闘訓練になった事だろう。
戦闘が終わり、収穫の時が訪れ……
たかと思ったその時、野盗の襲撃が始まる。
ゾンビを盾に使い、手負いの衛兵を襲う事で漁夫の利でもってハブの町を攻略しようと試みたようだったが……
いかんせん、装備も練度も違いすぎる。
当然、全滅する事となる。
「0点。 あまりに自身の戦力を過大評価しすぎている……」
「チッ! こんな戦い、後味が悪くていけねぇや」
翌日以降も、しばしば鉱夫業の最中を狙い、野盗が出没する事があった。
やはり、敵の戦力は乏しく、クロト達だけでも十分に対処可能で、戦闘訓練として丁度いい相手……
なのだが……
ゾンビではなく、人を駆逐する戦い。
後味は悪い。
「私は、奴隷解放のためにこそ剣を振るいたいと常々思っている。
その私に、君達のような者がどうして……」
「ハムート、迷っていると、死ぬよ!
こいつらは、弱者であろうと……「あちら側」だ!」
「向かってくるならば、斬る。
医者であろうと、そこは私も弁えている。
ハムート、君もどうか、自身の命を守る事を優先してくれ……」
何度も、懲りずに襲撃を仕掛けてくる「飢えた野盗」達。
「無駄に命を捨てるなと、仲間に伝えるように、私は何度も言った……」
スワンプで仲間に加わった面々も経験を積み、次第に実戦慣れしていく。
望むと望まざるとに関わらず、人殺しに、慣れていく。
人同士の殺し合いを否定し、人類同士の共闘を目指す特務隊の理念からかけ離れていく絶望感。
「飢えた野盗」。 ハングリーバンディッツ。
当面、この派閥は敵、として考えざるを得ない。
そして……
この「敵」は当然、クロト達以外も標的とする。
「ありがとうございます! 戦士様!」
「う、ウム! どういたしましてであるぞ!」
襲われる旅人との共闘により、敵を排除。
敵。
犯罪者を駆除し、人々を守る。
敵と味方に人間を分けて考える行為に、クロト達は慣れていく。
それが、人が、国家が持つ悪しき業と理解しながら、已む無く降りかかる火の粉を払っていく。
武器を奪って無力化はするが、せめて治療だけは行う……
それがクロトの矜持だった。
「あれ…… 今すれ違った人達って……」
「手配犯、だな」
「90点。 やせ衰えたその姿でも、人相はそのまま。
幼児連続誘拐犯、アントロポフ!」
「同じステイヤー同士ならば…… やりましょう、クロト!」
「分かった!」
幼い子供を拉致し、身代金の要求が通らなければ奴隷商人に売り飛ばす。
最低最悪の犯罪者。
クロトも、ハムートも、一切容赦はしなかった。
アントロポフは戦闘中に死亡。
生き延びた手下2人と共にスクインの警察署に突き出す事となった。
懸賞金もありがたいが、シェク軍の手配犯を逮捕する事で、彼らとの信頼関係を築ける事の方が大きい。
初めての「賞金稼ぎ」。
善行を成したという喜びと自信で、特務隊は沸き立った。
スクインとハブ、双方で鉱夫を続けて資金も溜まり、輸送担当としてスケルトンのコスチュニンが両チーム間を往復。
食料問題も改善され、双方でチーム運営が安定軌道に乗って行った。
10万catを越える大金を得て、特務隊は次の行動の準備を開始する。
「北か…… こっちからは監視の目が届きにくくなるが……」
ハウンズ所属 外交官 メジック
「分かってるだろうね、ミウ」
「ああ。 整形した程度で逃げきれるなんて思ってないさ。
私は約束を守る。 それが、あいつのためにもなるなら……」
「どうせ忘れるなら、こっちの事を忘れてくれたら良かったんだがね」
「どうかな。 思い出す可能性だってあるらしいからね。
フフ…… 突然、初恋を思い出してしまうかもしれないなんて爆弾、厄介なもんだよ」
「そうだな。 心配すべきは、お前より……」
一方その頃、スクインでは……
「援護します! 抑え込んで!」
「マッタク、コリナイものですね!」
ハブ同様、野盗に悩まされながら鉱夫を続け、鉱床から鉱石をスクインの特務隊本部へと運搬する毎日。
そんな往復走行の最中、ある日のこと。
「オラッ! 待てやそこのスケルトン!!」
「俺達を無視して行こうなんざ、いい度胸じゃねぇか!」
「やれやれ…… 町中で騒ぎを起こして困るのはバンディッツの方ではないのかね……」
「シカトしてんじゃねぇ! 止まれっつってんだろが!」
「獲物と認識したターゲットが強気に出たため、フラストレーションで感情の抑制が効かなくなった、といった所か」
「わ、わわわ! なんなんですこの人達!」「なんじゃ!? 賊か!?」
「や、やっと追いついた…… おい! だからな!
金だ! 怪我したくなかったら、500cat寄越せっつってんだよ!」
「ここは我々のセーフハウス、出ていくのはお前達の方だろう?」
「ああ…… そうかよ!!」
激昂したダスト盗賊達は完全に理性を失い、そこがスクイン市内であるという事を忘れ、スクイン特務隊に襲いかかる。
初期訓練すら終えていない隊員達では勝負になるはずもなく、手酷くやられてしまうが……
当然、こうなる。
駆け付けてきたシェク軍百人衆により、賊は瞬く間に鎮圧されていく。
「お、結構いい額隠し持ってやがる」
「衛兵のおこぼれを漁らねばならんとは、シェクの名折れ……」
「今の我々に出来るのはこれくらいか」
「弱りきった体、鍛え直さねばな……」
「サテ、皆さん。ココデ、ヒトツ教えておきたい事があります」
エレマイアが特務隊を集め、講義を始める。
ようやく、初めて、監督役らしい事をする気になったようだ。
「ワレワレスケルトンは、カツテ人類を保護し、守り続けていました。
ソノワレワレがなぜ人類と相争い、国を滅ぼしたか……ワカリますか?」
「ソウデス。 スケルトンは人間の生理機能や感情と言う物を甘く見すぎていました。
デスノデ、我々は学習しました。 ニンゲンの持つ『慈悲』と言う概念を」
「うわあぁぁ! 来るな!
ヒッ!? 何をする気だぁぁぁぁ!!」
「おいおい、こんな野盗のクズ相手に、わざわざ貴重な薬を!?」
「そんな事をしても、明日にはまた斬り掛かって来るだけですぜ!」
「イエ…… コレガ、クロト隊長のやり方。ワレワレ特務隊のやり方なのです」
「・・・・・・・」
ダスト盗賊の生存者は、スケルトン達から治療を受け、ポツリと感謝の言葉を呟いた。
「ヨユウがある間は、タトエソレガ無駄であろうとも……
ツヨキモノが、ヨワキモノを助ける。
ソレガ、上に立つ者の責務。
コウキナルモノ、貴族とは、本来そのように在るべきだったのですよ」
「過去の歴史で幾度繰り返されてきたコトカ。
ただ奴隷を鞭打ち、収益を吸い上げるダケノキゾクナド……
いずれ、人民の怒りによってホロボサレルノミ」
「なるほど……」「我らも百人衆に守られ、彼らを尊敬している」
「野盗どもにも、強き者の慈悲と威光を示せば、いつの日にか……」
「まあ、そんな日が来るとはカギラナイノダガナ……」
「タトエ、ムダであろうとも……」
(死にかけた弱者の必死の足掻きほど興味深い観察対象は存在しない……)
と、そう言葉を続ける事をやめておくだけの冷静さを持っているのが、スケルトンという種だ。
例えそれが人間の真似をしてみただけの偽善であれ、それで円滑に人間の信頼を得られるのなら、慈悲深いフリでもして見せるのは……「理にかなっている」。
彼らはそう考えていた。
「ト、イウワケデ、そろそろクロト隊は北に向かう準備を進めるようです」
「支度--物資」
「ああ、我々も出来る事を出来る範囲でススメテイコウ」
訓練設備の強化に必要な素材、ハイブ用の防具、その他諸々……
シェク領から北西に向けて少し行った所……
ヴェイン渓谷のハイブ村に向け、彼らは出発していった。
<続く>