クロト、エリス、パム、の特務隊三名は……
探検家のホッブズ&馬、
移住先を探すソマン&グリーンフィンガー、
行く宛ての無いJRPG種アレッタ&オザンファン、
を仲間に加え、旅を続けていた。
ブラックデザートを越えて行く西への旅の前に、一行は南東への寄り道をする。
ソマン達の求める理想の農地と噂される村、「ガルグ」に立ち寄るためだ。

一行は砂漠を南下し、危険なガット地方を避け「眼窩」へと向かった。
第一章:大砂漠編⑬ 眼窩~農村
「眼窩って、ヘンな名前やなぁ なんか謂われでもあるんけ?」
「いえ、僕は知りません…… ホッブズさん、馬さんはどうですか?」
「おお、それなら、すぐにも分かるぞい!」
「ええ、そろそろ見えてくる頃ですね」
ホッブズが前方を指差し、アレッタが頷く。
やがて、砂塵を掻き分けるようにして、ぼんやりと見えて来たのは……


「なるほど…… 『眼窩』って感じですね!!」
「でかーーーーーーい!!」
全容を把握するのが困難なほど巨大なリング状の構造物。
「諸説あるのですけれどもね」
それ自体も目のように見えなくもないが、そこから突き出た2つの突起の片方に、落ち窪んだ穴が存在している。
両目のうち片方が失われ、残った片目に眼球はなく、深い穴があるのみ……
なるほど、これは、眼窩……アイソケットと呼ばれてもおかしくない、その土地の「名所」であろう。
「しっかし、なんや妙な風鳴りに、砂嵐の立ちかたも変わっとるなぁ」
「おかしい…… 局所の天候としても、それがし、このような現象は聞いた事がない……」
「これは、古代の戦争の兵器だったとも噂されています。
千年を経ても尽きないエネルギーが未だに唸りを上げ、立ち上がろうと足掻く力が砂を巻き上げている、とか……」
「まあ、おとぎ話の世界、ですけれども」
現地に詳しいアレッタとオザンファンが説明を付け加える。
なるほど……
スケルトンが恐るべき技術力で大陸全土を支配していたという第二帝国時代ならば、このような巨大な機械も存在していたのかもしれない。
しばし、そうして古代のロマンに思いを馳せてしまうが、彼らは観光に来た訳でも、古代遺跡の探索に来た訳でもない。
巨大遺物を後にして、一行は『眼窩』の町へと向かった。
そろそろ、眼窩の町に到着する。
眼窩もまた、都市連合の持つ悪しき側面の体現、奴隷市場として有名な町だ。
確かに、旅の安全を考えれば、眼窩に立ち寄るこのコースこそベストではあるが……
クロトの胸の奥に渦巻く疑念は、大きくなる一方だった。
そして……

「パムさん」
「何かしら?」
「貴方は、エリスを愛していませんよね」
「・・・・・・・」

「どうして?」
「最初は、貴方がずっとエリスを追っていました。
それが、エリスが貴方を慕い、エリスが貴方を追うようになってから、変わってしまいました」

「そんなの……」
「それより前から、貴方は「クロト様、エリス様」と、隊長である僕を立てて名前を呼ぶ順番を決めています。
恋する女性としての振る舞いではなく…… 軍で叩き込まれた上下関係こそが下地にある気がします」
「あら、クロト様には分からないかもしれませんが、大人の女は……」
「名前を正式に変更したのも、エリスがバムと呼び出した時ではなく、釣られて僕がパムと呼ぶようになってからでした。
先日などは、エリスの隣ではなく、わざわざ距離を取り、僕の隣に座っていましたね。
パムさんは…… いつからか、エリスに対して冷たくなっています」
「それに……
エリスが嫌う奴隷商のキャンプに立ち寄るよう、誘導もしてますよね?
ここ最近は、隊長である僕が発案するより先に、貴方がそう仕向けています。
僕を上官として立てながら、不思議と旅の行き先に関しては、積極的に発言しています」
矢継ぎ早のクロトの言葉に、パムの反論は途絶えた。
「そして、貴方は……
一度たりとも、エリスの事を『愛している』と口にしていません」
「・・・・・・・・」

「おぉーい! 待ってよぉ、クロトぉ!パムぅー!」
どたどたと、砂煙を立ててエリスが走ってくる。
「パムさんが悪い人では無いと、僕は信じています。
それでも……
貴方がエリスの事を利用しているだけの人だとしたら、僕は……」
「どうするのかしら?」

その声は、いつもの穏やかなパムの物では無かった。
それは、冷たく、感情に乏しい、隠密としての…… 本来のパムの声音。
「さあ、僕にも分かりません」
「そう」
「なになに? 何の話?」
「エリスはいいヤツで、大事な仲間だよねって話さ」
「またまた~~~ クロトは時々気持ち悪い事言うよねー」
「なんだよ! もう僕らはとっくに友達だろ?」
「えへへ、まあ、それは間違いないね!」
「そうです。クロト様にとっても、私にとっても、エリス様は本当に大切な人なのです。
それは、絶対に間違いの無い真実ですわ」
「なんだよも~ 急に2人して褒めないでよ~!」
照れながらも心底嬉しそうなエリス。
穏やかに微笑むパウムガルトナー。
何かを隠している。
でも、今は目をつぶるしかない。
今はただ、信じよう。
僕らの頼れる仲間、パムを……
「眼窩」に到着した。

「なんやこれ!? ひっどいな~~」
「仕事が、雑……」

町の正門前には、手入れの行き届いていない畑がいくつも並んでいる。
ここでもソマンとグリフィンが土地を調べ始めるが……

「こりゃ、畑も荒れるはずやきに……」
「冒涜…… 農業への……」
まるで見込みの無い土地に、無理矢理水を撒いて育てようとしているのか。
これでは労働に見合った収穫とはなるまい。
「まあ、とにかく…… 補給は必要です。
アレッタさん、ここの店舗情報は持っていますか?」
「はい、隊長!」
ストーンキャンプと違い、この町ではちゃんと商業施設が機能している。
交易店もあれば、酒場もある。

ここでも、アレッタ達の案内で旅支度を進めて行く事となる。
不快な奴隷市の売り文句に眉をひそめながらも……
それでも、補給と休息は必要だ。

不用品を処分し、干し肉を補充する、いつもの取引。

その僅かな時間でも、不快なやり取りが幾つも耳に飛び込んでくる。
自身の奴隷を無能となじり、暴力を振るう者……

酒場に奴隷を連れて来て労苦を労おうとした者を「奴隷愛好家」だと糾弾する者……

その酒場に渦巻く悪意は、エリスの忍耐の限界を越えていた。

「お前、その奴隷、いらないのか?」
「ああそうさ、こんな使えない奴隷……
元を取るまでは使い倒さなきゃって思って我慢してきたが、もう限界だ!」

「さっさと新しい奴隷と買い替えたくてしょうがないんだがね!
帳簿に赤字を出すってのはアタシの性に合わないのさ!」
「分かった。おいらが買おう。
丁度荷運びの人足が欲しかったんだ」

「へぇ、いいのかい? なら、1000catだ」
「分かった」

エリスは、口の聞けない奴隷、「レイ」を身請けした。

「・・・・・・・・・」
「口、聞けなくされたんだな。 可哀想に……
これからは、おいらが守ってやるからな……」
「チッ……」

聞こえよがしに舌打ちする酒場の客。
周囲から、ヒソヒソ声と、冷たい眼差しが集中する。
「ありゃ、これは…… さっさと退場しといた方が良さそうやな」
「出るぞ! まったく、無駄な買い物などしおって!」
ホッブズが居丈高に叫び、退出を促す。
「我々は反奴隷主義者ではない」と周囲に示すためには、そういう芝居が必要だった。
「心配するな。 これからは、おいら達がお前の仲間。友達だ。
分かるな?」

主に舌を切り取られ、口を聞くことが出来ないレイ。
それでも、エリスの優しさは伝わる。
何度も頷きながら、大きく黒々としたレイの両目から、涙がポタリとこぼれ落ちる。
「まったく、胸糞の悪い町だ…… 早い所退散しようではないか」
別段、馬達も奴隷制度を憎んでいる訳ではなかったが……
この町の空気は、あまりに悪すぎた。
東のガルグ村へと向かうなら、この眼窩の町が良い中継地点である事には違いない。
帰りもまた立ち寄らなければならないかと思うと気が重くなるが……

一行は町を出て、東に向かって走り始めた。

ここから先は、気を付けて進まなければならない。
「!! 少し、進路を南に変えてください!」
「あの木は、いけません……!」

アレッタとオザンファンが警告を発する。
あの特徴的な真っ白な巨木は……
「ガット」に入った証だ。

伝説に惹かれ、世界中から南東を目指して集まって来た剣士達に対し、
「初心者にオススメの拠点はガット」
などと悪意を込めて語られる場所。
つまり……
人を捕食する巨獣、ビークシングの生息する超危険地帯、だ。

あの首の長い連中に発見されたが最後……
人間の足では振り切る事の出来ない超高速で追いかけられ、殴り倒され、食い殺される。
一行は万全に万全を期し、大きく遠回りをしてガットを避けて進む。
多くの怪異や伝説が語られる、未踏の地、南東・アッシュランド。
最早命知らずの冒険家以外誰も近付こうとしない、「忘れられた地」。
ガットはその玄関口ですらない、敷地の外とも言える場所だが……
この時点で既に、逃れ得ぬ死が闊歩しているのだ。
怪異が怪異として、奇怪な噂となって広まっていくのも無理からぬ事だ。

「あんなんがワラワラ湧いて来るトコを通り抜けて、もっとヤバい連中がウヨウヨしとるトコを抜けて……
ホッブズはん、あんたら探検家ってのは、みんなそないにアホばっかなんか!?」
「ぐぬぬぬ、うぅぅぅむ…… 頭が痛い話、じゃのう……」
「どう返答すればいいやら、吾輩にも分からぬ……
が、しかし、町一つの住人を丸ごと消してしまった怪物の話などを聞くに……
肉体の弱りきった今の我々が近寄るべき場所ではないというのだけは確かであろうな」
「南東の怪異……
皮を剥ぐ怪物の手で都市一つが消されたって、あの噂ですか。
ミスト・グールなんて呼ぶ者もいるとか……」
「ほう、クロト殿もその噂を知っておったか。
ワシの聞いた嘆きの亡霊の話にも似ておるので、気にはなっとるんじゃがのぅ」
「いやいや、皮だけ剥いで、食いもしないで死体を放り出すなんて、ありえへんやろ!」
「カッシュ司令の部下の恋人が…… ええと、とにかく、その女性の親戚が南東の町に酒を卸しに行った時、怪物を実際に見たそうです。
ゾンビ事件の前の事ですし、今にして思えば、それが噂のミストグールだったのかもしれません」

「なんやしょーもな、又聞きの又聞きやんけ! そんなモンおってたまるかって」
「いや…… それがしも、見た事がある……」
「なんやて!?」
「夢の中で、腹いっぱいグリーンフルーツを食べたそれがしは、ボーンドッグのお告げを……」
「フィンちゃん…… 今、夢て言うたか」
「……ハッ!?」
「世界の果て、僻地の危険地帯には、自然とそういった噂話が集まるんじゃろうな」
「北西域の財宝伝説と似通った話となれば、吾輩もその噂が気にはなるが……」
「今、私達が気にすべき問題ではない、と。 そういう事ですわね」
「ウム、パム殿。その通りよ」
「さあ、暗くなってきた! 気を抜くでないぞ、皆の衆!」
クロト達は恐ろしい伝説が眠る地へ、一歩一歩近付きつつあるという事実に恐怖しながらも……
決して歩みを止める事なく、前進を続けていった。
「あれです!」
「ガルグの村、ですね!」
到着は夜明け前。 辺りはまだ暗く、村の全景はよく見えないが……

「ここが、農業区、ガルグの村っちゅーとこかぁ……」
「ん…… いい土の臭い、する……」
"農村" ガルグ村。

谷間の岸壁に沿って建てられた小さな村だが、天然の要害を活かしてこじんまりと纏められたその作りからは、守りの硬さが見て取れる。
「雨も降って、作物もよう育っとるやん! フィンちゃん、これなら!」
「ああ…… これは、期待、できる……!」

空気と風を読み、土の湿り気を感じ、ペロリと味まで確認する。

文句無し。
ようやく砂漠を抜け、農地に適した場所へと辿り着けた……!
「よかった…… 2人とも、あんなに嬉しそうで……」
「これで、二人とお別れかぁ おいら、寂しいな……」

「そう申すでない。笑顔で見送ると決めたじゃろうが」
「ウム、戦友の門出。吾輩達で祝福してやらねばな!」
「とは言え、まずは一休みしましょう! 雨も降ってますし!」
「わぁっ! クロト、この雨! 痛いよ!」
「ほげっ! 酸性雨、こんな所まで降ってくるんかい!」
「退避しましょう! 皆さん!」


クロト達は酒場で雨宿りし、店主からこの村の様子を色々と聞き込んだ。
凶獣の巣窟、ガットも程近いこの地。
南東からのさらなる猛威にも近い土地。
そんなこの地に送られて来る侍達は、バスト方面軍以上に、問題を抱えた連中が多かった。

だが…… 彼ら、彼女らは、それだけに、強かった。
こんな小さな村に、軍司令に匹敵する実力とも言われる「侍軍曹」が二人。
いかにも歴戦の戦士と言った風格を感じさせる。
翌朝、クロトはシェクの戦士に武勇伝を聞かずにはいられなかった。

ソマン達がこの先平和に暮らしていけるのか、気になったというのもあるが……
この南東近くの辺境で、どのような物語が繰り広げられているのか、少年らしい関心でもって尋ねずにはいられなかった、というのが実際だ。
この侍軍曹も、そんな少年らしい純朴な好奇心を歓迎し、喜んで武勇を語って聞かせた。
小屋を踏み潰して歩く巨大な蟹。
村々を襲い、攫った人間を全て奴隷戦士として戦場に送り込むという恐ろしい戦士団。
旅人の生き血を畑に捧げる、狂ったカルト教団。
突如徒党を組み、身内で戦争を始めたという2つのスケルトン軍団。
それは、どれ一つ取っても聞くだに恐ろしい脅威。
この村は、遠く離れたそのような恐怖の余波から身を守るだけで精一杯だと言う。
「だがな、小僧。そんな恐ろしい連中が幾つも蠢いておるからこそ、この地には一つ大きな強みがある。
なんだと思う。当ててみるがいい」
「……ゾンビが、来ない?」
「ウム、正解としておこう」
強敵がひしめく南東地域では、ゾンビもまた弱者だ。
相手構わず襲い掛かる連中が長生き出来る土地ではない。
恐るべき殲滅力を誇る巨獣ビークシングも、上手く利用すれば防衛手段として機能する。
侍軍曹曰く、南東に寄り過ぎてもいないこの村は、そのバランスの丁度良い所であるとの事。
「役人も滅多に来んからな! 実に暮らしやすい、良い村だよ。 ハハハハハ!」
男の豪快な笑いに、クロトは安心感を覚える。
「これで、皆ともお別れかぁ……」
「ついて、行きたい……?」
「ここまで来て、やっぱついてくー!なんて言えんやろ」

「それがし…… 何か、モヤモヤしたままで、落ち着かない……」
「あー…… 分かる。 ウチもや」
別れを惜しむように、クロト達はゆっくりと旅支度を進めて行った。
「いい村ですね」
「ああ、ほんま、ええトコや」
「作物も、良く育っている……」

「心は、決まりましたか?」
「ああ、パムはん。 ウチらはここでお別れや」
「ここには、何か、懐かしさも感じる……」

「すぐ近くに湖もあって、ええ感じでせせらぎが聞こえてきよるねん……」
「少し北に向かえば海も目の前……」

「ソマンさん、グリフィンさん。
2人とも、やっぱり、何だかんだ言っても、故郷の事が大好きなんですね」
「!!」「そう……か」

二人は、故郷のポグ村を出たくて出たくて仕方なかった。
陰鬱な村を捨て、新しい世界が欲しかった。
あんな田舎の網元を継ぐなんてまっぴら御免だ。
せっかく学んだ建築もまるで活かせない。
何より、漁獲量は年々下がり続け、漁業は衰退する一方だった。
そして、生きていくためにと大きな期待を掛けられた農業もまた、あの地では活かせなかった。
漁業の代わりになる程の成果など一朝一夕で出せるものではない。
自分達は、大人達の掛けるプレッシャーから逃げ出したかったのだ。
ソマンとグリーンフィンガーは、湖の水質を調べ、作物を植えるのに適した場所を探し始める。


「完璧……」
「ああ、ああ…… 夢、叶ってしもたな……」
頭の中を覆い尽くしていた霧が、吹き払われて行く感覚。
「そっか……」
「そういう事だったのね……」
「隊長はん、話があるねん」「長くなりますが、聞いてください」
「勿論です」

「ウチら、あんな田舎におれるかい!って、飛び出して来たんやけど……」
「私達は、やはりポグ村の事を愛していたようです」
「分かります。僕も、ポグ村を見た時、故郷の事を思い出してしまいましたから……
離れてみて初めて分かるって言うか……」
「で、な。 気付いたんや。
ウチらのゾムネジアが何やったんかって」

「私達がゾムネジアで失くしたのは、故郷への想い…… だったのです」

失っていたのは、故郷への想い。
ソマンとグリフィンは、同時にその結論に達した。
「ウチが複数の方言を適当にゴチャ混ぜにしたような喋り方になっとったのも……」
「私があの忍者兄弟を半端に真似たようなおかしな喋り方だったのも……」
「家業を継ぐのが急に嫌になったんも」
「農業の天才、グリーンフィンガーと呼ばれた自分の名を嫌悪したのも」
全て、ゾムネジアによって故郷に関する記憶を、感情を、狂わされていたせい、か。
「ウチらは、全部取り戻したで。 失くしとったモンをな!」
「肉体は弱いまま、ですが…… 心はもう、強くなれました……」
「だから」「ですから」
「あんたも」「貴方も」
「絶対に!」「取り戻せます!」
不意打ちのような、強烈な友情の証を喰らい、クロトは目をパチパチとして呆然と立ち尽くす。
「ウチらの目が醒めたんも、ここまで旅して来れたお陰や。
ホンマ、心ん底から感謝しとるで、隊長さん!」
「貴方の優しさがあったから、ここまで来れたんです。
本当に、ありがとうございました……」
「僕の方こそ、僕が故郷へ帰りたいってだけの旅に、皆さんを引っ張り回す事になってしまって……」
「ストップ!」「それ、隊長の悪いクセよ」
「……?」
「ええか、世の中、他人に優しいって事は当たり前やないんや。
そこをちゃんと自覚しとかんとあかんで、ホンマ!」
「そう。貴方の持つ共感や慈悲は、都市連合の……いえ、この世界にあっては、異端なんです。
気を付けなければ、身を滅ぼしかねない異端……」
「せや。 それと……
女を勘違いさせてまう、罪作りな異端! やで!」
「ほな!」「お世話になりました!」

雨と土と、小麦畑の匂い。 明るく笑い合う二人の女性。

それは、いつか見たあの日のようで……

困った事があったら、いつでも呼んでくれ。
立ち寄る事があったら美味しい料理で歓迎する。
そう言い残して、2人は別れた。
これからは侍見習いとして働きつつ、いずれは村を支える存在へと育っていく事だろう。

ここでなら、きっと平和に暮らして行けるはずだ。
農業を成功させ、技師として大成し、いつか、愛すべき故郷、ポグ村を目指して旅に出る事もあるのかもしれない。
でも、それは彼女達の物語だ。
僕らには……
いや、僕には、僕の物語がある。
不安に蝕まれて折れてしまいそうになる心を、ここまで支えてくれた、優しい仲間達。
受けてきた恩に報いるためにも、僕は、前を向いて歩み続けよう。
それが、人の善意に生かされて来た僕の、せめてもの恩返しだ。
<続く>


