彼らには、不快も、疲労も、憎悪すらも、存在しない。
抵抗は無意味だ。
もう味方は誰もいない。
それも、仕方ない……のか?
あぁ……
ああ、ああ、嗚呼ぁぁ……
なぜ、僕はこんなに小さく、無力なんだ!
なぜ、僕では駄目なんだ!!
あいつなんかより。
あいつなんかより……
あいつなんかより!!
僕の方がずっと、遥かに、君と並び立つに相応しいじゃないか!
証明してやる。
認めさせてやる。
真の天与の才を、見せつけてやる。
そのためなら、僕は……
僕には、もう、どうせ何も残されていないのだから……
ああ、そうだ。
やろう。
やってやる。
取 り 返 し の つ か な い 事 を しよう。
第五部:決戦編① モウン(後編)
「……と言う訳なんだ」
クロトは、ドッグレットから聞いた話を仲間達にも伝えた。
何一つ、隠すことなく。
「腕が鳴るわ!」「この命、最後まで我が主のために!」「やるしか無い、か……」
未だ、一国の軍隊に比べれば遥かに劣る一集団でしかない特務部隊。
猶予は半年。
勝ち目の無い相手を敵と宣言し、動揺のざわめきが起きるのも仕方のない事。
「僕と、レットと、ミウの故郷は、ヤツに滅ぼされた。
その他にも、あちこちの村がヤツらに滅ぼされている」
時折、スケルトンがゾンビを先導するかのように行動していた事があった。
ブラックデザートシティでも、ゾンビは都市を攻撃する事は無かった。
「ただ武力による制圧のみが第二帝国の戦略だったなら、僕達の出番など無い。
僕達はあまりに無力だ。
でも、僕達は知っている。 今、全人類が危機に瀕しているという事を。
そして、都市連合もホーリーネーションも、人類滅亡の危機を知っていながら見過ごしにしている。
無力な僕達が、戦うしかない」
クロトは仲間達を見つめる。
クロト、馬、デーリア、ダルパン、コスチュニン、ミウ、ハムート、モムソー、シルバーシェイド、グリーン、ブロージオ、ヤノルス、リラ、リリー
「皆の命を、預けてくれるかい?」
全員が、黙ったまま、強く頷き、次の言葉を待つ。
「たった14人で勝てると思う程僕は馬鹿じゃない。
もっと多くの仲間が必要だ。
国家の鎖に繋がれず、独自の意思で戦いに赴く仲間が……」
「とりあえず、16人だよ。
2名、追加してくれないかね」
クロト達の背後から声がする。
レットが呼び戻してくれた。
ようやく、彼が戻って来たのだ。
「例えこの身を狙われる立場であろうと……
私には、自らの過ちを正さなければならない責任がある」
ドクター・チュンと、その監視役だったエリーコだ。
「クロト君。 しばらく時間が欲しい。
残された時間はそう長くないと分かってはいるが……
このまま突撃するのはあまりに無謀。
この日のため、私達も準備を進めてきた。
今しばし、時間をくれないか」
翌日。
クロト達はモウンの仮拠点に隣接する、立入禁止区画となっている遺跡へと案内された。
町の者が口々に「あそこには近付くな」と警告していた場所。
噂によると、都市連合がこの地を放棄する原因となったバケモノがいて、街中総出でようやくあそこに閉じ込める事に成功した、という事だが……
「クァッハハハ! 確かにここに封印されてる巨獣はヤバいヤツだが……
それだけに、隠れて悪巧みするにはもってこいってね!」
そう言って笑いながら、レットは遺跡のゲートを容易く開いてしまう。
「いいか? 決して上の階に行くんじゃないぜ。
死にたくなけりゃな」
上品な貴族のお嬢様としての喋り方から一転、ガラの悪い「ブルーアイズ」の口調に豹変した彼女に、一同は呆気に取られながら……
「立ち入り禁止区域で作戦会議か。
流石に考えたモンだな、ビッグボスさんよ」
「ここなら好きなだけ秘密会議も出来る、と……
でも、その前に」
クロトは目線と頷きでレットに合図をする。
「では、先に挨拶を済ませておくとしましょう」
レットは、サングラスを取り、素顔を晒して一同に向き直る。
「私はクロトの妻、レット。
私に敵意を持つ者も多い事でしょうが、ひとまずそれは脇に置き、人類滅亡の危機に立ち向かう事を優先してくれますか」
ダルパンとモムソーを除き、殆どの者が黙って頷く。
「私こそが、スワンプを支配するビッグ・ボス。
その影響力を行使し、対ゾンビ特務部隊を組織するよう各国に働きかけて来ました」
「言うなれば、貴方達特務隊の総司令とも言えますが……」
レットは振り向き、サングラスを再び身につける。
「この俺、ビッグボスが表に出ちまっちゃぁ、今まで身を隠して来たのが台無しになっちまう。
ホーリーネーションも、都市連合も、第二帝国も、俺の命を狙ってるからな。
てなワケで、元々あちこちに潜入済みだった浮浪忍者を使って情報交換と連絡を行って来たワケだが……」
「ここからは、俺の名代としてこの2人を同行させよう」
レットはブルーアイズの口調に戻り、ドクターとエリーコに向き直る。
「スマンな…… こんな事になるなら、全てを明かしてクロト君と共にここに来るべきだったか」
「なぁに、自力でここまで辿り着く事が大事だったのさ。
俺の相棒を務めるのなら、それくらいやってくれねぇとな」
「後は……
そこのハイブ」
「100点。 借金なら、利子までつけて全て返しましたが」
特務隊としての活動は、身の危険を伴う代わりに、実に身入りがいい。
二度目のシャーク訪問時に、シルバーシェイドがビッグボスから借りた金は完済済みだった。
「いや、そうじゃない。
今回俺まで辿り着いたのはお前の功績が大きい。
諜報員としてのお前のスキルには一目おける所がある
この戦いが終わったら、相応の地位をツインブレードに用意してもいいが……」
クロトはブルーアイズの手配書を目にした時点で既にその正体に気付いてはいたが……
酒場で酔っ払って大言壮語の与太話を続けていたブルーアイズの声に気付いたシルバーシェイドがクロトに報告したのが、レット発見に至る最後の決め手だった。
「80点。 せっかくのお誘いですが……
私は、グリーンと共に特務隊で射手を続けていく事を優先したいと思っています。
ですよね?」
「ああ、俺もシェイと同意見だ」
「クロトの周りに頼れる戦力がいてくれるのはこっちとしてもありがてぇ。
それならそれで構わんさ」
小さく苦笑いし、レットは鷹揚に片手をひらひらと振る。
本当なら自身も同行したいのだろうな、と、ミウはレットのわざとらしくおどけてみせる様子に同情してしまっていた。
「さて、と……
ボス面カマしちまって悪ぃが、このまま俺の仕切りで本題に入らせてもらおう。
作戦会議を始めようか」
限られた戦力で、ここからどう第二帝国の野望に立ち向かっていくのか……
魔獣の眠る遺跡で、会議は丸一日以上続いた。
「で、だ。
どうせこうなるだろうと思って、合流を急がせていたんだが……
そろそろ着く頃だぜ」
一行は、遺跡を出て、その来訪者を出迎えに向かった。
「対ゾンビ特務隊、スプリング支部。
エリス隊、到着! ……ってな」
「エリス!!」
「久しぶりだな、ダチ公。
いつかこうなるたぁ思ってたがよ……
まったく、無茶がすぎるぜ……お前ぇってヤツは」
エリス、アレッタ、オザンファン、レイ。
パムの死後、別れる事になった四人。
レットの話によると、彼らは今、英雄ティンフィストの下、反奴隷主義者として働いていると言う。
ティンフィスト達からすれば、表向きは奴隷制国家の都市連合と共闘する訳にはいかないが、クロト達特務部隊と最低限の連携を取るくらいはしてくれた、という事か。
「その節はお世話になりました」
「挨拶も無しに姿を消し、大変失礼いたしました…」
「・・・・・・・」
浮浪忍者本部の側からしても、エリスの隠したブラッドラムの行き先は不明だった。
だが……
エリスと共にアレッタとオザンファンがスプリングに赴いた事で、スワンプ、大砂漠、ホーリーネーションを結ぶ、密売ルート大四角形が完成した。
都市連合も、ホーリーネーションも、今ではハシシ・ブラッドラムの「汚染」がすっかり上流階級に対して浸透している。
反奴隷主義者側と一応の協力関係を結べているのは、陰で活躍していた彼女達連絡員のお陰もあったのだろう。
「随分逞しくなったじゃねぇか、クロト」
「エリスこそ……
ステルス仕様か。いい義足だね」
「まーな、元の足より動きやすいくらいだぜ。
っと、そうだそうだ。 頼まれてたアレがあるんだった。
ちょいと、お前の拠点に案内してくれや」
積もる話もあるだろうと、一同を待たせ、2人は揃ってモウンでの活動拠点へと向かった。
「へぇ! 一城の主たぁ、出世したもんだなぁ!」
「ゾンビ処理業のいいところは、まずお金には困らない事だからね……
それで、エリス、わざわざ人払いをしたのは?」
「へへ、ティンフィストの大将にゃワリィが、ちょいと一個くすねて来てな」
「これは……!!」
「FD型バイオセル! 『古代の栄養糧食』じゃないか!」
「浮浪忍者の連中から、研究に必要だって聞いたんでな。
アレッタ達にはナイショにしといてくれや」
「ありがとう! これで技術レベルの限界を突破出来る……!
ははっ! 本当に、ありがとう、エリス!!」
「んだよ、ガキみてぇにはしゃぎやがって。
ちったぁ侍隊長らしくなったと思ってたのによぉ」
「あっはははは! ごめん! でもさ、本当に嬉しいんだ!」
エリスとクロトは、互いのこれまでの戦いを語り明かし……
「レットは?」
「もう行ったわ。
次に会ったら、もう違う顔になってるだろう、ってさ。
まったく、あの子らしい……」
「そっか……」
「ダルパンの事、どうするの?」
「どうって、言っても……」
正直に言って、三年も行方不明だった婚約者より、命を掛けて共に戦って来たダルパンの事の方が大切だ、と、そう思っていた。
だから、『手掛かりが見つからなければもう探しに行かない』と約束もした。
だが、自分を見守り続けていた「目」の正体に気付いた時、その想いは揺らいでしまった。
僕の事をずっと守って来た、レットの想い。
ずっと一人で、連絡も取らず、正体も告げなかった。
今もまだ多くを語ろうとしない、その葛藤。
その三年の辛酸を、苦悶を、クロトは考えずにはいられなかった。
「責任を取るべき相手が2人もいちゃ大変ね」
同情の苦笑い……と呼ぶにはあまりに複雑すぎる微笑み。
クロトもまた、似たような笑顔をミウに返す。
「正直に、ちゃんと話して、謝るよ……」
ああ、もう、こんな記憶、戻って来なければよかったのに。
クロトがダルパンのために部隊を離れて遠征したあの時……
肉体を復元する手術を受けた、あの時……
私のゾムネジアは、もう回復してしまっていた。
私はまた、彼が私じゃない誰かの所に向かうのを黙って見送るだけ。
「ありがとう、ミウ。
気持ちの整理、出来たかも……」
「どういたしまして、親友」
精一杯の皮肉。
今度は、ちゃんと口に出して言ってやった。
なるほどね。
お父様が、「勝て」と言ったのは、こういう事だったのか。
私の恋の結末はこうだと、初めから決まっていた。
だって、あのクロトが「先約」を優先しないはずがないもの。
それでも……
私は……
あの日、砂漠の片隅で朽ち果てて行くのを待つだけだった私を、クロトは救ってくれた。
精一杯の勇気を奮い起こして、おぞましい死者の群れに立ち向かって……
冒険の日々を、クロトがくれたんだ。
それに、全てが二番目だった訳じゃない。
あの日、彼の一番は間違いなく私だった。
負けない。
勝つ。
ビッグボスが何よ。
あんな女、どうせロクに表を歩けもしないんだから。
・・・・・・・・・
人の婚約者を誘惑するというシチュエーション、それもまた悪くないかもしれない。
奪い取る…… これもまたスワンプ流ってヤツかしら?
興奮、してきたかも……
何やらヤケ酒をあおったらしく、グッタリしているミウ。
何やら物凄くダメな顔でニヤニヤしているダルパン。
素知らぬ顔でエリスと談笑して盛り上がっているクロト。
まったく、我が主と来たら……
デーリアはガツンと鎧と鎧をぶつけ、クロトを振り向かせる。
「シャンとしてくれ、我が主よ。
オレ達がこれから向かうのは、そんなに甘い場所ではないだろう」
「ああ、分かってる。
だからこそ、今話せる事はちゃんと話しておきたくてさ。
後悔するよりは、これでいいって……」
そう言って、クロトはちらりとダルパンとミウに視線を向ける。
ああ、確かに我が主も成長していたか。
充分に話し合えたのかは分からんが、己の罪深さを理解できているなら、それでいい。
「ならば、征こう。
号令を下してくれ」
「そうだね……」
「特務隊、総員着席!」
クロト、馬、デーリア、ダルパン、コスチュニン、ミウ、ハムート、
モムソー、シルバーシェイド、グリーン、ブロージオ、ヤノルス、
リラ、リリー、ドクター、エリーコ、エリス、アレッタ、オザンファン、レイ
総勢20名。
この人数で、敵・第二帝国の前哨基地を叩く。
「特務部隊、クロト隊、これより出陣します!」
「目指すは、敵通信基地…… 通称「虐待の塔」!
世界を救う、最後の戦い。 その第一戦目!
これは、今後を占う一戦でもあります!
必ず勝って、そして……
必ず、全員で、生きて帰りましょう!!」
対ゾンビ特務部隊。
その戦いの最終局面が、始まろうとしていた。
<続く>
設定:ダメージ2倍
縛り:展開にそぐわない行動は取らない(犯罪行為等)
注意:当ブログの記事内の設定はKenshiの公式設定とは異なります