第一章:大砂漠編⑧ 北海岸編
三姉妹の故郷は、大砂漠から遠く西に離れた、海岸線に存在する「漁村」。
危険地帯であるバスト地方を避けて西に向かう事になるのだが……
バスト以南はホーリーネーション領となるため、北を抜けて行くルートを選択。
まず、中継地点として北西のハイブ村を目指す事となった。
旅は、比較的順調な物であった。
すっかり見慣れてしまった光景。
旅人とゾンビの遭遇戦。
隊商はゾンビを倒し終え、悠々と立ち去っていく。
巻き込まれないよう、遠巻きに見守り、戦闘後に「収穫」を行う。
まだ生きている個体が這いずっている。
これも、戦闘経験を積むいい機会。
武器の振り方……間合いのとり方……鈍った感を少しでも取り戻して行かなければならない。
たまたま居合わせた放浪者と共闘する事もあった。
ピカリングとパクスリは刀を、カイネンは弓を使い、クロト達を上手く援護する。
意外な活躍を見せたのは、三姉妹の三女、パスクリだった。
人によって弱体化症状には差があるようで、彼女だけは戦闘能力をある程度残しているようだった。
昏睡状態で倒れた放浪者もいたが……
危険な長旅の最中、担いで歩いて行く訳にもいかない。
共闘の礼に応急処置だけして、そのまま立ち去る。
ゾンビとの戦いを切り抜けたばかりだと言うのに、せっかく助かった命を軽はずみに扱う放浪者達……
「放浪者」と「ならず者」の喧嘩に関わり合ってる暇など無い。
無視するのが賢明。
周りが見えなくなると、新たな襲撃にも気付けない。
十分に収穫は得られた。これ以上踏みとどまる事もない。
戦闘を避け、一行は先を急ぐ。
ハイブ村に到着した。
「ハイブプリンスの雑貨屋が事実上の中心部ですね。
休んで行くなら、義肢屋で寝袋を借りられますよ」
「へぇ~ クロトくん、詳しいのね!」
三度目の訪問となるクロトが、珍しく隊長らしく一行を先導する。
まずは、雑貨屋でゾンビからの「収穫物」を換金。
懐が暖かくなった所で、安価な生肉や干し魚を買い込み、食料を確保。
カイネン用のクロスボウの弾も補充した。
食料が十分ストックされる安心感。
人数が増えてどうなる事かと思ったが、ゾンビ様々である。
補給を終え、焚き火を起こして生肉を干し肉に加工。
ハイブ村を出発する。
「パスクリさん、火を」
「おっと、いけね」
食事係を請け負っていたパスクリが火を消しに戻る。
「隊長さんも意外と気が利くじゃないか」
「まあ、一応僕も斥候が本職ですから……」
焚き火は痕跡であり、照明であり、火災の元でもある。
追跡される危険性を減じ、襲撃を受ける可能性を減らし、万一の災害を起こさないため、用が住めば即座に消すのが鉄則だ。
「順調すぎましたから、気を引き締めていきましょう。
くれぐれも油断なく、全方位を監視して行きますよ!」
隊長らしく号令を出し、そのクロトに五人が続く。
さあ、ここからが本番……
ここから先は、ゾンビだけでなく……別の脅威も存在する。
これまで以上に警戒を密としなければならない。
この先に拡がる「北海岸」エリアには、恐るべき蛮族の襲撃が度々発生している。
カニバル。
食人を文化の中核としている狂気の集団。
人同士で食い合う事を禁忌としない、どころか……
自らの死後、共食いされない事こそを最大の不幸と考える連中。
侍部隊の教本にはそう記してあった。
対策は、ある。
ハイブ村と、目的地である漁村エリアとの間にある「バスティオン砦」。
そこを拠点に活動している、「カニバルハンター」。
彼らカニバルハンターを雇って行けば、多少の敵ならば返り討ちに出来る。
だが……
「パウムガルトナーのせい」で、資金の余裕はあまり多くない。
「6000catを払って傭兵を雇っても、役立つとは限らないんだ。
傭兵ってヤツは率先して敵に攻撃を仕掛ける傾向があって、おまけに命令も聞かない。
だから、戦場に投入される事も無い」
「ゾンビやらカニバルやらがウロウロしているヤバイ場所だろうと、素通り出来るような厄介事にわざわざ首を突っ込んじまうと?」
「はい。僕たちのように敵に見つからないように進む事を第一としている場合、良い面ばかりでは無いんです」
「じゃ、襲われたら砦に救いを求める、って感じで行こうぜ」
「ですね」
交代の休憩。
パウムガルトナーは、申し訳無さそうに困った顔をしながら寝袋に入った。
そして、彼女を囲むようにして、三姉妹が険しい顔を並べる。
「……で、さ。
そろそろ故郷も近付いてくる頃なもんで、アタシ達にはアンタの正体を知っとく必要があると思うんだけど……
どうだい? パウムガルトナー、その気はあるのかい?」
どうだい? パウムガルトナー、その気はあるのかい?」
「あら…… 貴方がたならば分かっていらっしゃるかと思ったのですが」
寝袋から起き上がったパウムガルトナーの顔は、いつも通りの微笑みを浮かべたままだったが……
何かが違っていた。
「そりゃ、どういう意味だい」
「だって、貴方達、ロード・ナガタの下で働いていた浮浪忍者でしょう?」
「!!」
三姉妹の間に動揺が走る。
「そうであれば、当然こちらの事も分かっているのかと思っていたのですが……」
「そっか、あんたも似たような任務を負った工作員ってコトね」
「ノーブルハンターの野郎がお前を置いていったのは、やっぱ芝居だったかい」
「ええ。 貴方達同様、あの日を境に技能の殆どを喪失してしまい、廃業して崖っぷち……
とは言え、おそらく握っている「弱み」は、貴方がたと同様。
最後のチャンスと言う事で、こうしてマスターから活躍の機会を与えて頂けたワケです」
とは言え、おそらく握っている「弱み」は、貴方がたと同様。
最後のチャンスと言う事で、こうしてマスターから活躍の機会を与えて頂けたワケです」
「へぇ、で、アンタは何を知ってるってんだ?」
「それを先に言わせようとするのは、フェアとは言えませんわ」
「じゃ、3、2、1、ドンで同時に言おうか」
ピカリングは三本指を立て、カウントダウンをする。
3、2、1……
「「ブラッドラム」」
ブラッドラム。
麻薬成分の含まれた違法酒。
自らは安酒しか飲まないエリスが、ブラッドラムを専門に盗みの対象としていた事にも理由があった。
自らは安酒しか飲まないエリスが、ブラッドラムを専門に盗みの対象としていた事にも理由があった。
「やはり、私達の任務は同じ物のようですわね」
不敵な笑みを浮かべるパウムガルトナー。
<都市連合内に蔓延るブラッドラムの流通を断つ>
その意味では、彼女達は双方共通した目的を持っていた、という事だ。
「ノーブルハンターってのは、貴族が恐れる貴族って聞いてはいたが……
なるほどな」
なるほどな」
「ふぇ~~
狩りに興じて各地を旅していると見せかけて、貴族を監査してたのねぇ」
狩りに興じて各地を旅していると見せかけて、貴族を監査してたのねぇ」
貴族の間で半ば公然と流通している麻薬と違法酒。ハシシとブラッドラム。
狂乱の狩人の正体は、天命特権を持つ闇奉行……
少なくとも、三姉妹はそう理解した。
「フフ、立場上、肯定も否定も致しません」
「貴族の中にもマトモなヤツがいたのか。 こいつは驚きだぜ」
「息抜きに奴隷の頭を撃ち抜く御方がマトモ、なのでしょうか?
まあ、私がマスターを尊敬し、その命に喜んで従っている……
それだけは確かですわね」
まあ、私がマスターを尊敬し、その命に喜んで従っている……
それだけは確かですわね」
密命を帯びていた者同士、気心を許す……程ではないか、幾らかの信頼関係は構築出来た。
互いに僅かばかりの情報を交換した後、「休憩時間は終わりです」と言ってパウムガルトナーは去っていった。
「・・・・・・・・・・・」
「あれ、ナガタの悪企みバレてんじゃねーか?」
「でしょうね。 だからこそエリスさんに密着しているのでしょうし」
「姉御、クロトに伝えておかなくていいのか?」
「あの子はいずれ砂漠を去って故郷に帰る身だよ。
余計なゴタゴタには出来るだけ関わらない方がいい」
余計なゴタゴタには出来るだけ関わらない方がいい」
「ちぇっ、私は率先して関わりたいんだけどなぁ~」
休憩を終えると、一行は再び西を目指して出発した。
「見えたよぉ!」
「あら、立派な砦ですわね!」
バスティオン砦。
カニバルと戦い続ける事に人生を捧げる覚悟をした者達の集う、正義の砦。
あるいは、復讐者達の巣窟。
高台の上の狭い立地に、兵舎が3つ。
索敵し、討つ。 シンプルで機能的にまとまった見事な造りだ。
いざと言う時は、あそこに駆け込んで救いを求めればいい。
旅人に、そんな安心感を与える威容。
そんな砦を見上げながら、荒野を走り続ける。
北海岸地帯。
都市連合と聖帝国の戦争の真っ只中、激戦区であるバスト地方の北。
戦乱の飛び火が降りかかる事もあり、カニバルの脅威にも晒されている、決して安全とは呼べない場所。
それは、今から一年半ほど前、入隊したてだったクロトにとって、悪夢のような……耐え難い記憶だった。
バスト地方に赴任していた貴族の屋敷もエンドイン近くにあったのだが、領主は焼き殺され、近習の者達もその戦い以降行方が分かっていない。
無論、後任に就く者など誰もおらず、現地の軍総司令であるタギリに全権が任される事となった。
「中には貴族の子弟も含まれていたそうだ。
息子は次代の領主と目されていたそうだが…… 今頃はリバースで奴隷になっているのか……」
金輪際バスト地方なんかに関わりたくないと、貴族達にそう思わせるだけの悲惨な事件だった。
「貴族も、その子供も、おいらは嫌いだ……」
「そいつらには、奴隷がお似合いなんじゃないかな」
普段と変わらない、のんびりした口調で、さらりと言ってのけるエリス。
クロト達は、思わず反応に窮し、沈黙が流れてしまう。
事情を知らないクロトでも、それがエリスの忘れてしまった過去から来る何かではないのか……と、そう察する事は出来る。
酒泥棒として生きてきた彼の人生の背景には、余人の知り得ない貴族への怒りがあったのかもしれない。
そう感じながらも、一人の侍として、立場上相槌を返す訳にも行かない。
「とにかく、北海岸でもパラディンに出くわす可能性はあるって事さ。
警戒を怠らず、さっさと走り抜けてしまおう」
クロト達は、西へ、西へと走り続けた。
やがて……
海が見えてくる。
「あはっ! ここまで来れば、村まではあと少しね!」
「くーっ! 懐かしいぜ! 泳ぎてぇー!」
「はしゃいでないで、前見ろ、前!!」
浮かれるカイネンとパスクリをたしなめ、ピカリングが前方を指差し、身を屈める。
前方、遥か先。 荒野の只中に何か蠢くものが確認出来る。
岩陰に身を隠しながら、目をこらして見ると……
あれが、カニバルか。
「奴らは山へ向かってます。泳いで迂回しましょう」
「賛成」
北の海は冷たいが、文句を言ってはいられない。
万が一気付かれたとしても、海中ならば追っては来まい。
安全第一。 沖に出て、大きくカニバルのキャンプ地を迂回するコースを取る。
内陸、山側に向かって去っていったカニバルが雄叫びを上げている。
全員揃っての出撃とは運がいい。
これなら長々と泳いで体力を消耗する事も無い。
岸に上がり、一気に戦場から距離を取ってしまおう。
カニバルの敵は…… ゾンビか。
人類の敵同士が潰し合ってくれるなら、大歓迎だ。
好きなだけ暴れるがいい。
「あのポールを見たら、気を付けて下さい。
近くに食人族がいるという証拠ですから」
カニバルのキャンプ地の真横を通り抜け、海岸線をひた走る。
大地の色が変わった。
粘土質の青みがかった土地……
棄民、デッドキャットと呼ばれる者達の暮らす漁村は、もうすぐ目と鼻の先だ。
見えた。
漁師小屋と、立派な防壁。
あれが、護送任務の目的地……
北海岸地帯 「漁村」 ポグ村
ここが三姉妹の故郷、ポグ村だ。
<続く>