気刊くろみつタイムス

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#Kenshi ZA-07:大砂漠編⑥

クロトは、自分と同じように能力を失った者達……
エリス、そしてJRPG族と出会った。

任務の都合上、一時的に彼らを従士とし、資金稼ぎを続ける。
三姉妹の残り2人を身請けするため、6000catが必要だ。
 
自由を得て、無邪気に走り出す三姉妹の長女、ピカリング。

彼女には何やら策があるようだが……
 
 
 

第一章:大砂漠編⑥ ショーバタイ(後編)

 
 
 
 

 
 
三人は侍の兵舎に戻り、準備運動をしながら今後の方針を話し合っていた。

「さーて、妹達を助けるためなんだから、アタシもガンガン働くわよ!」
 
(ぐっ…… 目のやり場が……)
 
ゆさゆさと揺れる胸から目を逸らしながら、エリスに着せた鎧を「サイズが合わないから」とピカリングに渡すよう指示する。

「で、アタシのご主人様は、あと6000cat、どうやって稼ぐ気?」
 
「やめてくださいよ、そのご主人様っていうの!
 そうですね…… 鉱夫くらいしか僕にはプランが無いんですが……
 ゾンビや賞金首と戦うというのも、僕達には無理な話ですし」
 
「最初はアタシらだけに起きたのかと思ってたけど、意外といるもんだねぇ」
 
クロト自身も弱体化現象の被害者であるという事は、既に話してある。
貧弱な野盗相手でも殺されかねない以上、侍として真っ当に敵を倒して稼ぐ、というやり方は除外される。
 
「じゃ、手っ取り早く稼ぐには、自然界のやり方に倣うっきゃないわね」
 
「それは、どういう……?」
 

 
 
「おっ、あったあった! ほらこっち!」
 
ボーンドッグ達は誰が倒した相手だろうと気にしない。
死肉と見れば何にでも喰らいつく。
 
ピカリング言う所の自然の掟とは、つまりはただの剥ぎ取りだ。

「まずは臓物を抜いてトドメっと」
 
臓器を抜いて死ぬタイプのゾンビと、抜いても死なないタイプのゾンビがいるとは知らなかった。
 
流石大都市。テックハンターやマシニストの研究から得られた情報が早くも広がり始めている。
 
「研究用として、ゾンビの肝も幾らかでテックハンターに売れるのよ。
 換金効率は悪いし、気分も悪いけどね……」
 
獣の肉を切り分けるように、手慣れた様子でテキパキとゾンビを解体するピカリング。
臓器はズシリと重く、あまり数を持ち帰れそうもない。
 
「本命はコッチね」
 
ピカリングはゾンビの懐に手を伸ばすと、財布を抜き取った。
 
「へへっ、結構いい額持ってんじゃん!」
 
「気が咎めるなぁ……」
 
「いいのいいの! このまま砂に埋もれさせちゃうなんて勿体無いわよ」
 

金目の物を剥ぎ取り終えると、動く死体から動かない死体に変わったその遺体を砂に埋め、ピカリングは小さく口元で祈りの言葉を唱える。
 
「財布を持ったまま、旅装のままゾンビとなって放浪していた……
 生きた人間があの光を浴びてゾンビに変わったって事ですかね」
 
「ま、その辺りはそのうちテックハンターの連中が解き明かしてくれるだろうさ。
 いや…… そうでもないかな。
 みんな、触ると悪い病気が伝染るって言って、近付こうともしないからねぇ」
 
「僕達みたいに、あの日を境におかしくなった人間がいるって話が広まれば、ゾンビから人間に感染する何かがあるって考えてもおかしくはないか」
 
「アタシらがお役御免になったのも、その辺が理由なんだろうね。
 ナガタの旦那も、すっかりビビッちゃってさ……」
 
「・・・・・・・・」
 
侍としては、貴族の悪口に相槌を打つワケにもいかない。
 
「ま、そういう事だから、バッチリ稼がせてもらおうじゃない。
 今なら剥ぎ取りし放題!
 エリス、まだ持てる?」
 
「任せて! まだまだいけるよぉ!」
 
ゾンビを恐れるようになる前から、不思議と倒れた者から身ぐるみを剥いで金に換えるという発想を持つ者は少ない。
無駄な荷物は旅の大敵というのが常識だからだ。
 
荷物が増える程足が遅くなる上、旅の融通が効かなくなる。
侍の保護を受けられ、すぐ町で換金出来る今の状況だからこそ使える手だ。
判断を誤れば、あの日のクロトのように致命傷を負う事になる。
 
危険を避け、クロト達は都市周辺の砂漠と都市内の店舗の間を往復。
こつこつと資金を稼いでいく。

悪くないペース。
この分なら数日で目標額に到達出来そうだ。
 
無論、「収穫」は侍達の戦果次第。

これで稼ぎ続けられるかどうかは敵襲の頻度次第である。
 
 
ある夜。

クロト達に倣ってか、倒れたゾンビを求め、「人狩り」業者が一人、砂漠をさまよっていた。
片足を引きずり、ボロボロの状態。
遭遇戦の後、仲間に見捨てられでもしたのか。
 
やがて、暗闇の砂漠に、絶叫が響き渡る。

 
気付けば、壁外に、川が流れるような、異様な数の大群。

幸い、死者の行進は町を逸れ、砂漠の彼方に消えて行ったが……
あれが全てショーバタイに向かって来ていたら、どうなっていた事か……
 
 
翌朝、征伐に出ていた侍達が帰ってきた。

何人かの犠牲は出したが、どうやら彼らの働きでうまく昨夜の大群を誘導してきたらしい。
 
ゾンビの群れを相手に立ち回り、町を救って堂々の凱旋。

やはり本土の侍達は違う……
クロトは格の違いを思い知らされていた。
 
「フフフッ これはチャンスね!」
 
ピカリングは、侍達が担いでいる死体を見て、嬉しそうに含み笑いを漏らす。
侍達は検体用に何体かのゾンビを持ち帰ったようだ。
 
ピカリングはクロトの背中を押すようにして、ショーバタイ憲兵隊の刑務所を訪れる。
 
 

 
「チッ、防衛隊め、私の城で大きな顔をしおって……」

ショーバタイ憲兵隊 総司令官 "憲兵隊長" トラエム
 
防衛隊の横柄な態度に舌打ちしながらも、憲兵隊長はテキパキと囚人受け入れの書類処理を行っていく。
 
囚人と言っても、今回の場合は「検体」である。
相手がゾンビとは言え、勝手な自己判断で勝手に処理をする訳にもいかず、既存の法律の枠内でなんとかするため、こうして生者と同様の手続きをする事となっている。
 
「臨時隊員、クロト偵察隊の三名であります!
 ゾンビの処置、お手伝いするよう申しつかりました!」
 
「うん? 見ない顔だな。
 まあいい、タクロウのヤツめ、珍しく気を回しおって」
 
「これも町の安全のためですから! お構いなく!」
 
「ああ、早速頼む」
 
可愛い部下達に汚れ仕事をさせずに済むなら、万々歳。
トラエム司令は顎をクイと上げ、2階に向かうように指示を出す。
 
 

 
 
「へへっ、上手く行ったわ!」
 
「よくもまあ、適当な話を咄嗟に考えるもんだ……」
 
無論、クロト偵察隊と言うのも、手伝いをするよう命令を受けたと言うのも、口からでまかせだ。
このくらいの嘘、タクロウ司令も話を合わせざるを得まい、という計算あっての事である。
自腹を痛めずに他人に仕事を投げたタクロウとしても、秘密を握られているロード・ナガタとしても、彼女の言動には目をつぶらざるを得ないだろう。
 
そうして、クロト、エリス、ピカリングの三人は、ゾンビ処置係として監房を訪れる。

嫌そうに仕事している侍の傍らに何やら耳打ちし、交渉を持ちかけると、男は喜んで仕事を替わった。
 
「よっし、500catいただきっと!」

感染を恐れる侍達と違い、既に何か起きた後であるクロト達はそれを恐れてはいない。
肉体が本能的にそう感じさせるのか、多少の接触くらいは「大丈夫だ」という確信めいた感覚がある。
こんなに楽をして稼げるのだから、僅かな危機感も、多少の罪悪感も、無視して事を進める。
 
 

 
 
本日の稼ぎは2800cat。
しばらく次の「収穫」はなさそうだ。
 
帰還を果たした侍達が寝床に転がり込んだ横で、クロト達は棒振り訓練を続ける。

弱りきった身体を少しでも復調させておかなければ……
 
 

 
 
翌日。

 
 
まずは鉱夫から始める。

ピカリングは抜け目なく辺りを監視し、「収穫」の気配を探る。
 
「おっと、面倒なのが来たね」
 
ピカリングが警告を発する。
壁外の鉱床からショーバタイの正門に目を向けると……

「うぅ…… おいら、あいつら嫌い……」
 
エリスが顔をしかめるのも無理はない。
奴ら……悪名高い「英雄リーグ連合」を好意的に見ている者など誰一人としていない。
 
人間以外の種族が都市に住み着くせいで仕事を奪われる、と主張し、選民思想を掲げる事によって人間種の若者の支持を集めている自警団であり、都市連合としてもその活動を容認しているのだが……
貴族の落とし子がリーダーを務めているからこそ認められているに過ぎず、その実態はただのチンピラに過ぎない。
 
エリスやJRPG種のような「立場の弱い異分子」を見かけては喧嘩を売り、殴り倒して悦に入る……
そんな町の厄介者集団である。
 
「いつでも正門に駆け込む準備をしときな」
 
侍の徽章を着けているのはクロト一人。見習いの従士に徽章は与えられない。
悪い意味で目立っているエリスとピカリングを壁外で見かけたなら、奴らが何をしてくるか分かったものではない。
 
「お姉さん! あっち!」
 
「おっと、もっと話が通じない連中が来たかい!」
 
砂丘を乗り越え、またもゾンビが姿を現す。

「はい、一時撤退! ゾンビ処理班の出番は後からよ!」
 
やれやれ、これではどっちが隊長なのやら。
いや、聡明で人生経験豊富そうな彼女が指揮を取るのがむしろ当たり前なのだ。
自分はあくまで名目上の隊長…… いや、彼女が勝手にそう名乗らせただけの自称偵察隊長にすぎない。
 
耐久性の高い大型獣、ゴリロ型のゾンビのタフさには侍達達も閉口させられたようだが……

どうやら、頑丈なだけのデクの棒。見掛け倒しのようだった。
 
やがて、侍達は仕事を終え、検体の搬送を始める。

さあ、ここからが、自称「ゾンビ処理班」の出番だ。
砂漠に倒れたゾンビ達から臓物を抜き、トドメを刺して回る。
 
抜き取られてもまだ生きている個体もいるにはいるが、侍達からしても手を汚す手間が省ける援護活動である。

無論、ヒト型のゾンビからは財布を抜き取るのも忘れない。
 
「しかし…… 酷い格好になってきたな」
 
「贅沢は言ってらんないでしょ。ほら、せめて隊長さんはそれっぽくしとかないと」

渡した鎧をピカリングに返され、それを身に付ける。
……少し、彼女の体臭がする。
 
みすぼらしい格好をしていると、カモと見て襲ってくる連中も増える。
ゾンビの装備を剥ぎ取り、少しずつ換金していく過程で、マシな服装になるようにと努力はするが……

服装から侮られるという事は…… つまりは、こういう事だ。
 
英雄リーグ連合。差別主義者の厄介者。
侍の兵舎にまで入り込み、しつこく罵声を浴びせてくる。
 
キレてクロト達が手を出したなら、法律上はクロト達が犯罪者となる。
それを分かっていて、罵声を浴びせて楽しんでいるのだ。

「チッ、あんなの相手にするんじゃないよ」
 
「大丈夫。こんなの慣れっこだよ」
 
文句も言わず低賃金で黙々と命じられた仕事をこなすエリスは、タクロウ司令に目をかけられている。
ゾンビのなり損ないという嫌悪、異種族シェクへの差別意識、食糧難の時代に肥満体でいる事への敵意……
「なぜあんなヤツに仕事を与える!」
そういったヘイトが、常日頃からエリスには集中している。
 
町の内外で慌ただしく仕事に励んでいる姿は、自警団もどきの連中にとっては不愉快極まりないものなのだろう。
日が暮れるまでゾンビ処理で駆け回る間中、しつこくつきまとい、罵声を浴びせて来た。

なんとかして手を出させ、エリスを犯罪者に仕立て上げようという魂胆だったが……
「任務」に集中している以上、エリスにその企みは届かない。
 
 

 
 
夜。
壁外では散発的なゾンビとの遭遇戦が続いていた。

「あれなら…… 行けるんじゃないか?」
 
「そうだね。 そろそろ実戦も経験しとかないと、いざって時に身体が動かないか。
 OK、やろう!」
 
ボロボロに痛めつけられたゾンビの背後から、ピカリングが先頭を切って斬りかかる。

思えば、あの緑の光を浴びて以来、自発的に戦闘を仕掛けるのはこれが初めてかもしれない。
圧倒的優位であり、何の心配も無い戦いではあるが、クロトはいくらか胸のつかえが取れるような気持ちになった。
逃げ回り、他人の仕留めた獲物を漁って回るばかりでは、侍の名が泣くというものだ。
 
……などと油断していると、これだ。

自分達がこの世界で底辺の存在である事を、改めて思い知らされる。
 
殆ど衛兵任せだったとは言え、やはり自ら身体を張って稼いだcatというのは嬉しいものだ。

稼ぎは十分。目標額に達した。
 
 

 
 
「迎えに来たよ、カイネン!」

「あっ! 姉さまぁ!!」
 
「身請けはしといた! ついてきな、パスクリ!」

「おうっ! 姉御、待ってたぜ!」
 
 
 

(元)貴族親衛隊・ノーブルニンジャ "JRPG" カイネン
 
 

(元)貴族親衛隊・ノーブルニンジャ "JRPG" パスクリ
 
 
 

「ウッス! 世話んなるっす!」
「きゃー! こんな可愛いご主人さまだなんて、聞いてないわよ~!」
 
馴れ馴れしい態度でベタベタ触ってくる金髪のグリーンランダー種の方が次女のカイネン。
男っぽい口調のスコーチランダー種の方が三女のパスクリ。
これで三姉妹を全員身請けする事が出来た。
 
「フフッ、私達三人をみんなモノにしちゃうなんて、ご主人さまってば、欲張りさんね!」
 
「そ、そういう話じゃないって、もうこの人から話はしてあるんだろ!?」
 
妖しく腕を絡めて来るカイネンから、慌てて身を離す。
敵の秘密を探り出すのが得意なエリートニンジャと言う事だが……
一体どんな手で探り出して来たのやら。
 
「さあ、これで後はアタシら三人を故郷に送り届ければ、晴れてアンタの任務は完了。
 故郷の恋人にも胸を張って会いに行けるってモンさ」
 
「どうしてそれを……」
 
エリスにもピカリングにも故郷の話はしていない。
さては、タクロウ司令か……
 
「なぁんだ、先約アリかぁ~ 残念」
 
「ったく、カイネンの姉貴はすぐコレだ……」
 
明るい笑い声が兵舎に響く。
彼女達も、これでようやく冷ややかな視線で見られ続けてきたショーバタイの町を後に出来る。
護衛は少々頼りないが、明るくもなろうというものだ。
 
そんな、楽しげな笑い声が気に食わなかったのか。

英雄リーグ連合が、兵舎にズカズカと乗り込んでくる。
 
「おいトゲトゲ! ガキとゾンビ女がてめーの仲間か? 全く似合いの組み合わせだぜ!」
「防衛隊も地に落ちたモンだぜ! こんなのまで働かせなきゃいけないって、相当ヤバイんじゃねーのかぁ!」
 
侍達の冷たい視線も意に介さず、リーグの男達はゲラゲラと笑う。
 
「チッ…… オレ達はこれから旅に出るんだ。
 余計な揉め事を起こさなくったって、こっちから出てってやろうってんだ。
 黙って見送って欲しいモンだね!」
「おい、パスクリ!」
「っ……!! すまねぇ、姉御……」
 
男達の顔が、兜の下でニヤけるのが分かった。
 
「そいつはいい事を聞いた。
 じゃあ、今日の所は黙って見送ってやるよ。
 今日の所はなぁ! ヒヒヒヒヒッ!」

英雄リーグ連合の男達は去って行った。
これで、ショーバタイの出発後、いずれかの時点で奴らが襲撃を仕掛けてくるのは決まったようなものだろう。
 
人目の無い砂漠のど真ん中なら、誰憚る事なく殺人を行えるのだから。
 
 
 
「すまねぇ、姉御…… すまねぇ、隊長さん……」

なまった体の調子を少しでも上げようと、棒振り訓練を繰り返しながら……
パスクリは自分の失言を恥じ、何度も謝罪を繰り返す。
 
「言っちまったモンは仕方ない。
 どうやってやり過ごすか、考えないとね……」
 
ピカリングの声も暗い。
クロト1人ならともかく、すっかり脚力の弱くなった三姉妹とエリスを連れて砂漠を横断しなければならないのだ。
明確な敵意を持ち、待ち伏せして襲撃を仕掛けてくる敵を振り切るのは難しいだろう。
 
「考えるのは後にしません? まずは旅費を稼がなければいけないでしょう?」
 
場を和ますように、優しい声でカイネンが呼びかける。
 
それもそうだ。
五人で砂漠を渡り切るため、食料はもっと必要。
バックパックは既に買い足してあるが、寝袋や包帯も買っておきたい。
明日すぐ旅立つという訳にはいかないのだ。
 
 

 
 
翌日も、ゾンビ処理班の仕事は続いた。

 
 
運良く、新鮮な野生動物の死体を発見。
ガルの肉は美味い。干し肉にして、食糧の足しにさせてもらおう。

喜んで解体し、肉を切り分けていたその時……
 
「全く、足手まといったらありゃしない!
 誰だよ、あんなノロマを連れて行こうなんて言ったの!」

それは貴方です、などとはとても言えない。
侍達は一様に押し黙り、主の後をついて歩く。
 
あれは……
「ノーブルハンター」か!?

「ったく! その奴隷は捨てて行く!
 侍達、駆け足始め!!」
「お、お待ち下さい! お一人で走っては危のうございます!」
 
砂漠を一人で駆けていく貴族に、慌てて追いすがる侍達。
侍達と違って軽装であるとは言え、中々の健脚である。
 
「あれが、貴族……」
 
クロト自身は、ロード・ナガタの姿すら目にしたことが無い。
直接に「貴族」を目にするのは初めてだった。
 
ここに貴族がいるぞ、と堂々と宣言するかのような派手な着物。
傍目からも質の高さが伺える、輝く弓。
何人もの人間を射殺してきたであろう、狩人としての立ち居振る舞い。
……ただ屋敷でふんぞり返って酒をかっくらっているだけの貴族とはひと味もふた味も違う、「危険な男」を感じさせる、強烈な存在感。
 
「そんな! 御主人様! 見捨てないでください! 待ってえぇぇぇ!!」

町の近くとは言え、足かせを掛けられたまま砂漠に放置される事が、どんなに絶望的な事か……
奴隷の身分であろうと、貴族の下で働くと言う事は、安全を約束されているという事である。
このまま町の奴隷屋の商品として入荷される事になれば、どんな酷い環境が待っているか分かったものではない。
 
「誰か! 誰か助けてぇぇぇ!」
 
そんな彼女を、誰も助けない。
 
ノーブルハンターには絶対に近付くな。
 
それは、侍達の間でもよく知られている不文律だ。
クロトも、三姉妹も、その事は弁えている。
こちらに向かい、必死にすがりつくような女奴隷の眼差しに背を向け、町へと戻って行った。
 
 

 
 
旅の準備は整った。

傭兵を雇い、目立たないように夜に出発する……
そう打ち合わせをして、クロト達は眠りに着いた。
 
 
日暮れ前、エリスは仲間の目を盗むようにして、一人兵舎を抜け出していた。

彼は、記憶を失っても尚、その身に染み付いて消えなかった技能を活かし、失ったはずの衝動に突き動かされ……

誰にも気付かれないよう、壁外、町近くの岩場へと向かっていった。
 
 

 
 
「ありがとうございます…… 皆マスターを恐れて何も出来なかったというのに、貴方は勇敢なのですね」
 
「えへへへ…… いいよいいよ、なんか、こうせずにはいられなかっただけだから」

明らかに知能の足りていない様子のエリスに戸惑いながらも、彼女にはそれが純真さから来る優しさであると信じられた。
 
だから、彼女はこの肥満体の男との再会に希望を託す事にした。
 
例えどんな結果になろうとも、もう彼女には何も残っていないのだから。

 
 

 
 
翌朝。
 
「誰だよ! こいつは!!」

(元)ノーブルハンターの召使い "逃亡奴隷" パウムガルトナー
 
大声で叫ぶピカリング。 怒るのも無理はない。
が、彼女がそうやって叫んでみせたのは、わざとだ。
わざわざノーブルハンターの落とし物を回収しに行った、などと噂を立てられては困る。
コレが誰なのか、知らないフリをして見せているのだ。
 
「また一人増えやがった」などとこれみよがしにブツブツ言いながら、侍が逃亡奴隷のすぐ横を通る。

良かった。
何やら彼女に向かって小言を言ってはいるが、ノーブルハンターの奴隷であるとは知られていないようだ。
 
「まったく、面倒を増やしてくれたねぇ……」
 
「あら、でも無償の愛だなんて、なんだか素敵じゃない?」
 
イラつくピカリングにカイネンがお気楽に返し、ますます苛立たせている。
先の失言から自分に物申す権利は無いとばかりに、パスクリは口をヘの字に曲げて押し黙っている。
 
食料の計算が狂った。
エリスは飢餓状態にあった奴隷女に手持ちの食料を与えてしまっていた。
この女も連れて行くと言うなら、更に追加で食料を買い足さなくてはならない。
傭兵を雇う分のcatを使って、だ。
 
傭兵無しで英雄リーグ連合に立ち向かうのは、余りに危険だ。
ああでもないこうでもない、と、クロト達は兵舎で議論を交わすが、有効な打開策は見つからない。
 
だが、ここに留まって資金を追加で稼いでから旅立つ、という選択肢は無くなってしまった。
ノーブルハンターの持ち物に手を出した、という事実が広まれば、いくら司令クラスの後ろ盾があろうと、もう庇い立て出来ない。
英雄リーグの連中がこの件を知ったなら、喜んで話を広める事だろう。
 
そんな議論を続ける一同に、逃亡奴隷の女が声を掛けた。
 
「何の心配も要りません。
 貴方がたは明日、何事もなく旅立てるでしょう」
 
穏やかな微笑み。
 
こいつは予言の巫女か何かか?
ピカリングの苛立ちは募るばかりだった。
 
「隊長さん、私にお任せください。
 是非、恩返しをさせてくださいまし」
 
 

 
 
日暮れ。
 
街角に絶叫が走る。
 
防衛隊兵舎の目の前、表通りで、英雄リーグ連合が侍の襲撃を受けていた。

 
「何をボヤボヤしている! お前達も戦え!」
 
「は、はいっ!!」
 
何が何やらワケが分からなかったが、交戦許可が出ているという事は、「悪いのはあちら側」だ。
クロトは兵舎から飛び出し、戦列に加わる。

やりたい放題に暴れて来た彼らに対し、手心を加えるような侍はいない。
それは、クロトとて同じだった。
 
都市連合というシステムを利用し、寄生する害虫……
若者らしい怒りで、クロトは必死に戦った。
 
それはおそらく、隣の侍の一撃だったのだろうが……

ほぼ同時に切り込んだクロトにとっては、痛快な幕引きだった。
 
 
英雄リーグのメンバーは次々倒され、捕縛、あるいは致命傷のままで放置されていった。

自業自得。
ざまあみろ、とまでは言わないが、とても助ける気にはならない。
その所持金と装備をいただき、旅支度に加えさせてもらう。
 
「まさか、こんなにあっさり片付くなんて……」
 
 

 
 
自分がした事と言えば、女奴隷を憲兵隊司令のトラエムに引き合わせただけだ。

最初は、女が自ら逃亡奴隷としての自分の身柄を引き渡し、その謝礼でもって旅費を補うのかと思っていた。
そんなバカな事はよせと引き止めてはみたのだが、女奴隷は「いいからいいから」と軽く笑ってみせるばかりだった。
 
彼女が憲兵隊司令と別室に消え、戻るまで、僅かな時間だった。
その間に、一体何があったのか……
 
 

 
 
翌日、一行はショーバタイを出発した。
 
結局、逃亡奴隷の女…… パウムガルトナーもクロト達に同行する事となった。
彼女は自分を救ってくれたエリスを敬愛し、新たな主人と定めたようだった。

 
 
「せっかく自由の身になったのに、また別の主に仕える生き方を選ぶなんて」
 
キャンプ中にクロトがそう言うと、三姉妹は大笑いを始めた。

「これだからボウヤは!」
「オレだって分かるぞ、これくらい!」
「んも~~~~ 可愛いんだから、クロトくんってば!」
 
散々からかわれてから、ようやく合点がいった。
 
なるほど。
種族を越えて恋をするという事も、人にはあるのだな、と。
 
そんなクロト達から少し離れた位置で、パウムガルトナーはエリスに囁いた。
 
「ほんと、貴方は使える男ね、"酒樽のエリス"さん……」
 
 
 
<続く>


設定:ダメージ2倍
縛り:展開にそぐわない行動は取らない(犯罪行為等)