ショーバタイの町。
ようやく、都市連合本土、「大都市」の一つに辿り着く事が出来た。
第一章:大砂漠編⑤ ショーバタイ(前編)
町へ! ようやく!
そう焦るあまり、砂丘の向こう側を歩くゾンビの一団に気付けなかった。
見つかり、追われる。
……が、全力で走れば撒けない相手ではない。
やはり、一人旅はこういった時動きやすい。
斥候の自分には、これが性に合っている。
もうじき夜明け。
虫達が活発になる前にさっさと防壁の中に入りたい。
都市をぐるりと囲んだその堅牢な壁沿いに回り込み、正門へと向かう。
ショーバタイの出入り口は一箇所だけ。
守るに硬い、理想的な城塞都市だ。
戦い慣れた歴戦の侍達が門扉を守る。
これぞ都市連合、これぞ大都市、と言った面構え。
クロトも、ようやく人心地つけると安堵する。
「バスト方面軍・斥候です! 通ります!」
「おう」
随分みすぼらしい斥候だな、と、一応チラリと徽章を確認はするが、侍達はロクに確認もせずに素通りさせる。
風体からひと目見ただけで「怪しさ」を測り、問題ないと判断し、余計な事はしない。
実務に慣れた貫禄を感じる衛兵達だった。
何はともあれ、まずは兵舎へ。
現地司令、またはその代行者に報告。
ようやくカッシュ司令から受けた連絡員としての任を果たせる。
いや、ドリンの時点で命令は果たし終え、今は総司令から受けた「自己判断」の命で動いているだけか……
僕は、都市連合の侍だ。
こんな自分でも、一応は、そうなのだ。
勝手に故郷を目指して旅立ち、敵前逃亡の罪に問われたくはない。
安心して故郷で暮らすためには、正式な辞令が無ければ……
クロトは、そう考え、行動し続けている。
「伝令! 入ります!」
・・・・・・・・・
ベッドで寝ている侍隊長が一人だけ。
他には、誰も…… いない?
徽章からすると、この人がショーバタイの総司令のようだが……
見張りを一人立たせているのみで、なんとも不用心。
しかも、この見張りも侍ではない。
どう見ても、ただの民間人……
ん……!?
「お前、エリスか?!」
「ん……? おいらの事、知ってるのかい?」
指名手配犯:窃盗団「ラムズ」首領 酒樽のエリス
忘れるものか!
「酒樽のエリス」
酒類専門の窃盗団のボス。
貴族の後ろ盾があるとかで都市連合の侍達も手を出し辛く、内地の政治闘争とは無縁なバスト方面軍にお呼びが掛かり、大捕物の末に捕縛に成功した。
周囲の警戒に呼ばれただけだったが、運良くクロトの追跡が功を奏しての逮捕。
決して忘れる事の無い、クロトにとっての「初任務」だ。
決して忘れる事の無い、クロトにとっての「初任務」だ。
「なんでお前が見習い侍なんてやってるんだ?!
おかしいだろ!」
「ハァ、みんなそう言うんだよなぁ……
おいら、どうもあの緑の光を見てから、バカになったみたいなんだよねぇ」
「!?」
こいつ、も……?
トゥルブレに続き、二人目だ。
「おいらは悪者だったって皆が言うけど、ホントにそうなの?」
「あ、あぁ…… お前は、指名手配の泥棒だった。 それは間違いない」
「そっかぁ…… 覚えてないけど、みんなそう言うし、そうなんだろうなぁ」
寂しそうにして、窓の外に視線を送るエリス。
「おいら、悪者じゃないし、バカじゃないって、そう思ってたんだけどなぁ……」
「うん……? お前は悪者だったけど、バカじゃ無かったよ」
「ほんと!? 聞かせて! もっとおいらの話、聞かせて!」
「司令も寝ているし、それくらいは構わないけど……」
「むしろ、頭はいい方だったんじゃないかな……
なかなか手がかりをつかめなくて、追い詰めるのは大変だったよ」
下手に刺激して犯罪者に戻られても困る。
適度に話を省略し、手強い敵だった事を語って聞かせる。
随分と嬉しそうなエリス。
きっと、頭をやられて、侍達からバカにされ続けてきたのだろう。
「なんだ、エリスの奴、すっかりお前になついちまってるな」
「あ! 司令殿! すみません、お休みの所をうるさくしてしまって!」
「なに、いつまでも寝てはおれん。
こんな時だしな……」
ショーバタイ防衛隊 総司令官 "侍隊長" タクロウ
「俺がこの町の防衛隊長、タクロウだ」
ゾンビ発生以来、人手不足なのはどこの基地も同じか。
その顔と声には疲労の色が見て取れる。
「で、どこの者だ」
「ハッ! バスト方面軍、第5偵察隊斥候、クロトであります!」
「バストか……」
司令の顔が曇る。
悲劇の報告を、幾つも受けて来たのだろう。
・・・・・・・・・・
報告を終えると、フゥ、と司令は溜め息を漏らした。
「どこも似たような状況だ。とてもバストに部隊を送れる状況ではない。
部下がいないため気が緩んだか、本音が漏れかけたようだ。
クロトは聞こえなかったフリをし、何も言わない。
「ナガタ様は、まだ事態を深刻に受け止めてはおられない。
上奏しても動いてはもらえんのだ」
貴族がその気にならなければ攻撃部隊が編成される事はない。
ホーリーネーションと比べ、技術力も商業力も都市連合の方が上回っているというのに、常に守勢に回っていたのも、貴族が重い腰を上げようとしないため……
戦況を気にも留めず、為政者としての責務を果たそうとしない貴族の怠慢こそがそもそも……侍達は皆、陰ではそう愚痴をこぼしていた。
表立って口にしよう物なら、即座に処罰対象となり、奴隷に落とされ兼ねない話だったが。
「あの…… 偵察隊のカッシュ司令からは……」
クロトは、最前線の監視塔での出来事、ドリン崩壊時の出来事をかいつまんで説明。
カッシュ司令から、伝令任務を終えた後は帰郷の許可が出ていた事を伝える。
故郷で婚約者が待っている、とも。
「ふむ…… お前を疑う訳ではないが、ハイそうですかとお前を故郷に帰すワケにも行かんのだ。
こんな状況だからな。斥候であれ、人手はいくらあっても足りん」
「なんとかなりませんか……
こんな状況だからこそ、どうにかして故郷へ帰りたいのですが……」
こんな状況だからこそ、どうにかして故郷へ帰りたいのですが……」
「そうだな…… 都市連合では、金が全てだ。
catを積めるなら、俺も多少の無理を通してやれるだけの権限はあるが……
お前に何万catも出せるようには見えんしなぁ」
catを積めるなら、俺も多少の無理を通してやれるだけの権限はあるが……
お前に何万catも出せるようには見えんしなぁ」
「はい……」
欲しいもの。やりたい事。
それに見合う額の袖の下さえ用意出来るなら、都市連合では大体の無茶は通る。
合法であれ、非合法であれ。
「ふぅむ…… そうだなぁ」
タクロウ司令は、しばし沈黙し、思案を巡らせる。
「ウム。 お前なら、この忙しい時でも、あの件を……
よし、お前にとっては遠回りになるが、これならそれらしい任務を与えつつ、チャンスをやれるな」
よし、お前にとっては遠回りになるが、これならそれらしい任務を与えつつ、チャンスをやれるな」
「何ですか!? 僕に出来る事なら、何でもやります!」
「よし、ちょいとややこしい話だが、これならお前の出費は1万程度で済む。
よく聞いて覚えろ。 メモは残すな」
よく聞いて覚えろ。 メモは残すな」
「は、はい……!」
何か企みがあって、厄介な仕事を押し付けようとしている。
それはクロトにも分かっていたが、そうであっても、苦労をしてきた若年兵への温情である事に違いはない。
当然、喜んで引き受ける。
「ハァ…… 結局、鉱夫か……」
「あははっ! 楽しいね、クロト!」
手持ちのcatは底をつきかけている。
まずは、与えられた任務を始めるため、3000catを工面しなければならない。
少し鉱石を売れば目標額に届く。ここは我慢のしどころだ。
「働いた分だけ、お金が増える! 素晴らしい事だね! あはは!」
今までどんな低賃金で働かされて来たのか……
エリスは喜々としてつるはしを振るっている。
厄介者を丸ごと押し付けられただけという気もするが、従士を与えられた分、こうして作業も捗る。
有難いと思わなければ。
兵舎に戻って休む時も、彼は喜んで見張りを買って出る。
幼児のように精神退行をしてしまっているようではあるが、仕事はちゃんとこなす。
主人に忠実に仕える良い従士である事に違いは無い。
「従士をいつまでもその格好にさせとくワケにも行かないな……」
従士の身なりで主人の格も分かろうというもの。
せめて、裸よりはマシだろうと、クロトはオクランの盾を脱出する時に手に入れた赤い服をエリスに手渡した。
「クロトぉー これ、前が見えないよォ」
「服のサイズが違いすぎたか……」
「仕方ないな…… それじゃ、こっちを着てみろよ」
「おおっ! これいいね、クロト! ありがと!」
トゥルブレの忘れ物。
クロトにとって思い入れのある、現状最も優れた防具。
それを、エリスに渡した。
だらしない腹が丸出しになるのは相変わらずだが、ボロ布を角に絡ませてメチャクチャになるよりはずっといい。
クロトはまだスキマーに抉られた頭部の傷が完治していない。
寝る前にエリスに指示を出し、店に使いに走らせる。
多額のcatを預けず、まずは小さな取引を任せて彼の能力を見たかったのだが……
「はい! 全部で2000catになったよ!」
彼に預けたのは銅鉱石だけだったのに、予想外の多額のcatを持って帰ってきた。
どうやって工面したのかを尋ねてみると……
「もう、エリスにラムは必要ないから! 全部売って来たよ!
これで、お仕事次に進めるでしょ?」
どうやら、侍達はcatではなく、ラム酒を給料代わりとしてエリスを働かせていたらしい。
以前は高級ブラッドラムよりたらふく飲めるラム酒の方が好きだと豪語する程の無類の安酒好きだったはずだが、今はそうでもないらしい。
もう心と腹を安酒で満たす必要はなく、クロトと一緒に働ける事を心底喜んでいるようだった。
「ありがとう。君はいい従士だ……
使わせてもらうよ」
ラム酒を売って出来た金は、彼自身の資産。
いずれ、この恩は返さなければ。
ともあれ、これで最初の3000catは確保出来た。
指示された通り、酒場に向かうとしよう。
「で、まずはアタシんトコに来たワケね」
(元)貴族親衛隊・ノーブルニンジャ "JRPG" ピカリング
失われたヨルフォグ地方の末裔、通称JRPG族。
噂には聞いていたが、本当に美しい容姿だ……
その際どい格好もあって、クロトは目のやり場に困ってしまう。
「フフ、アタシ達ノーブルニンジャがどうしてこんなみっともない格好で、アテもなく酒場でクダを巻いてるのか、気になるようね」
口ごもってしまったのはそういう理由では無いのだが……
胸に惑わされている場合じゃない。
任務を進めなければ。
「僕に与えられた任務は、貴方達三姉妹を故郷に送り届ける事、です。
みなさんにどんな事情があろうと……
話し辛い事であれば、尋ねはしません」
「フフ、気遣いはありがたいが、別に隠すような事じゃないさ。
あの緑の光が空で炸裂してから…… アタシ達は、ダメになっちまったのさ。
そこのビヤ樽くんみたいにね」
「なんだって!?」
思わず、ガタッと席を鳴らして立ち上がってしまう。
「バストの最前線じゃアタシらの噂は伝わってない、か。
じゃ、かいつまんで説明しとくわよ。 気を遣われるのも面倒だし」
「あ、あぁ……」
彼女の話を要約すると、こうだ。
北西・デッドキャットの地より遥か彼方の異郷に暮らしていたと言うヨルフォグ(Jorphog)の民の末裔……JRPG族は、あの日、緑の光を浴び、謎の弱体化現象を一斉に発症してしまったらしい。
種族全員が、一様に、揃って弱体化した。
そして、今まで美しい容貌から重宝されてきたJRPG種に対し、「ゾンビのなりそこない」と見る者が多く出てきた。
市民はJRPG種を危険視するようになり、貴族も彼女らを手元に置いておく事が出来なくなった。
だが、美姫として寵愛を受けて来た者や、隠密として数々の密命を帯びて来た彼女らは、人に知られる訳には行かない貴族の秘密を数多く抱えていた。
何人ものJRPG種が、民衆からの誹謗中傷に便乗する形で、無実の罪で処刑されていった。
しかし、これ以上暴挙を繰り返せば、彼女らの握る秘密が世に出てしまう。
殺すに殺せないと…… 少なくとも、ショーバタイの貴族、ロード・ナガタはそう考えるようになった。
何も、彼女らは貴族を脅迫した訳ではないのだが、「故郷に帰してくれさえすれば何もかも秘密にしたままでいる」、という彼女たちの要求は、二つ返事で受け入れられた。
「ところが、世界中がこんな事になった今、護衛を付けて送り届ける余裕も無い、か」
「だね。 ロード・ナガタは幾らか小遣いを寄越してくれてるから、食いっぱぐれてはいないが……
ボロを着て、酒場でこうしてクダを巻くしかない状況ってワケさ。
周りから怪物のなりそこないって冷たい目で見られながらね」
「そこで、僕らの出番」
「ああ。
で、アタシらは書面の上では各店主の召使いって事になってるから、連れ出すには身元引受の代金が必要になる。
貴族が表立って援助できなくなった今、その金を誰が用立てるんだって話で……」
「司令は、自分の懐を痛めたくないから、僕に資金を出させたい、と」
「下っ端のアンタ以外誰も損しない、よく出来た話だね」
「じゃあ、まずは貴方から…… 同行していただけますね?」
クロトは酒場の店主に3000catを手渡し、彼女の身元引受人としての権利を購入した。
「あっはははは! 自由ってのはいいもんだねぇ!
これからよろしく頼むよ、ご主人様!」
「待ってよお姉さん! おいら達、君を護衛しなきゃいけないんだからぁ!」
こうして、バストからの敗残兵、侍斥候のクロトは、2人の従士を抱える事となった。
この後、更に2人、彼女の妹達を召し抱えなければならない。
そして、三姉妹を故郷の漁村まで送り届けた後、ショーバタイに戻り、ようやく帰郷の許可を得られる、と。
なんとも気の長い話だが……
おそらくは、今はこれが最短の道。
そう信じ、ショーバタイの兵舎……
帰るべき、仮りそめの家へと、走る。
明日はまた鉱夫か……
しっかり身体を休めておこう。
<続く>