気刊くろみつタイムス

主にゲームプレイ日記。過去記事一気読みは「目次」からどうぞ! ※他ブログからのインポート引っ越し時に改行崩れ&画像消滅が発生しています。

#Kenshi ZA-05:大砂漠編④

故郷は平穏を保ったまま、自分の居場所だけが失われる……
トゥルブレの気持ち、少しは分かる。
 
あの日……
自分も、故郷の皆と一人離れて、自分だけ旅立たなければならなかった。
 
忘れ得ぬ、あの景色……


僕には、まだ帰れる場所がある。
待っていてくれる人がいる。
だから、彼に慰めの言葉を掛ける事なんて出来ない。
 
ただ彼の肩を叩き、「行こう」 と……
思いを込めた、たった一言しか絞り出せなかった。

 
 
 

第一章:大砂漠編④ ポートノース

 
 
 
 
ハイブ村を出発し、東へ。
荒野へ彷徨い出てすぐに出くわしたのは、反乱農民のキャンプだった。

反乱農民達は、辺り構わず旅人と見れば襲い掛かって来る。
視界に入らぬよう、遠回りをして進もうとするが……
 
この砂漠には、彼らのように旅人を襲うべく巣を張っている輩を襲うべく、徘徊する奴らがいた。

スキマー。 人間の数倍の巨躯を誇る巨大昆虫。
 
動くもの全てに襲い掛かり、千切れ飛んだ四肢を食らう、凶悪な害虫。
熟練の侍達であれば十分に倒せる相手、という話だが……
無防備な反乱農民で勝てる相手ではない。
キャンプはたちまちに蹂躙されていく。

「はい、稼ぎのチャンスにょ」
 
反乱農民は全滅。
獲物が死んでない場合、スキマー達は喰らい付かずに放置する。
意識不明の重体で、何人かの(元)農夫が砂漠に転がっている。
 
彼らは侍、いや、都市連合の敵。
遠慮はいらない。
容赦なく剥ぎ取り、奪い取っていい相手だ。
 
「チミがジャーキーを買い溜めしてくれてるから、しばらく余裕はあるケド……
 ワタクシ達、ランタン買ってすっらかかんなの、忘れないでよネ」
 
「ああ…… 分かってる」
 
人間はこういう時躊躇うものだと、彼は知っているのだろう。
迷いを断つよう、行動を迫る。
 
ハイブにとって、catは魂と等価だと言う。
金の切れ目が縁の切れ目。
2000cat分は働いたと、彼にそう思われた時点で、仮初めの主従関係は崩壊する事だろう。
 
これは違法行為ではない…と自分に言い聞かせながら、クロトは剥ぎ取りを進めて行く。
定住して鉱夫の真似事をすれば安定した収入を得られるのだろうが、先を急ぐ旅ではそうも行かない。
屈強な侍であれば、ゾンビを倒し、懐からcatを頂く稼ぎ方もあるのだろうが、この貧弱な身体では不可能だ。

ゴミを漁り、行き倒れの身ぐるみを剥ぐ事にも慣れておかなければ……
 
荷物を詰め込み、立ち上がろうとして、フラリとよろめく。
 
「おっとと……、これだけ荷物を抱え込むと、流石に重くなるもんだな」
 
「フヒョヒョ、それがcatの重みって事ネ!
 それに、弱りきったワタクシ達が足腰を鍛え直すには、丁度いい鍛錬にもなるんじゃナイの?」
 
「それもそうか……」
 
鉄鉱石を詰め込んだバックパックを背負って塔を登り降りする、地獄の訓練を思い出す。
確かに、あの鬼のしごきがあったればこそ、斥候としての能力が身についたのだ。
これくらいの負荷は、鍛錬の初歩の初歩として丁度良い程度なのかもしれない。
 
勝つために、仲間のために、命じられた任務をこなす……
この2年、そうやって暮らしてきた。
 
だがしかし、今必要なのは、たった一人でも生きていくための知恵。
名誉や誇りとは無縁の、屈辱的な生存術こそが必要なのだ。
旅慣れ、金に執着したトゥルブレと言う男に出会えたのは、クロトにとって僥倖だったと言えよう。
 
 

飢えた放浪者がスキマーに狩られる所にも出くわした。

あの服装…… 噂では、バスト地方から逃れた者達と聞くが……
反乱農民同様、飢餓から逃れるため、人を襲うようになっていった者達だ。
気分のいい任務では無かったが、殲滅作戦の支援をした事もある。

基本的には、彼らも敵。
たとえ今治療しなければ死ぬと分かっていても、助けてやる義理は無い。

官給品の中級医療キットは貴重品だ。
無駄遣い出来る物ではない。
 
それでも、まだ、当分の間は……
人を見捨てて行く事に、慣れる事は出来そうもない……
 
砂嵐が吹くと、大砂漠の危険性は飛躍的に高まる。
普段は目に付きやすいスキマーの巨躯が、砂塵に紛れてしまうからだ。

危うい所を何とか切り抜けられたが、この発見の遅れにはヒヤリとさせられた。
 
 
何者かに仕留められたスキマーの死骸を見つけた事もあった。
硬い殻に覆われた脚の中には、プリプリした美味い肉が収まっている。

その爪も生活用品の加工材として使われていて、それなりの値段で売却出来る。
トゥルブレと二人で、幸運に感謝しながら焼肉を齧った。
 
先を急ぐなら、夜がいい。
恐ろしい害虫達も夜には視界が狭まる。
それが大砂漠の常識だった。

……今までは。
 
 
遠くの砂地を、傷ついた仲間を抱え、反乱農民が歩いている。

 
背後に倒れているのは…… ゾンビだった。

濁った血を砂地に染み込ませ、大きく肉体を損壊させながらも、まだモゾモゾと動いている。
 
やはり、この大砂漠の夜も、奴らの版図となってしまったか。
もうこの世界に安全な場所など無いのだろうか。
 
二人は、予定通りに北に進路を取り、まずは海岸線を目指す。

海岸線を歩けば、いざと言う時、水中に逃げ込む事で難を逃れる事が出来る。
スキマーは水中まで追って来ないし、野盗の類の物騒な連中も、泳ぎながらでは人殺しが出来ない。
 
二人は、東に向かって海沿いを旅して行った。

「そろそろ見えてきてもいいんじゃないか?」
「コレじゃ何も見えないよーん!」
 
度々吹き荒れる砂嵐に視界を遮られる中、ようやく……

「見えた! ポートノースだ!」
 
悪名高い町。
合法、非合法を問わず集めてこられた奴隷達が働かされ、人身売買が横行する地ともなっている場所。
 
だがしかし、一応は都市連合の侍に属しているクロトにとっては、貴重な補給地点として機能する。
 
奴隷商人達が独自に持った私兵によって硬く守られ、ちょっとやそっとの襲撃では動じない堅牢さも持っている。

ああいった堅牢な防壁がバストにもあれば、ゾンビ達とももっと戦いやすかっただろうに……
 
「ふぃ~ チミの徽章があれば奴隷扱いもされないっしょ。
 これでやっと一息つけるヨ!」
「そうだな…… っ!!」

右手、やや後方。 砂嵐に紛れて見落としていた。
あの風体は、反乱農民ではなく…… バストから流れてきた「飢えた放浪者」の一団か。
 
「見つかるとマズい。衛兵をアテにして、壁沿いを行こう」
「それがいいネ!」
 
「おいおいおい、いいカモがノコノコと壁外を歩いてやがるぞ!」
「ひゃはははぁっ! メシだ! メシを寄越しやがれ、そこのガキ!」
 
「走るぞ!!」
「衛兵ーっ! 衛兵さーん! 野盗が来てますぞぉーーー!」

 
「くっそ! 重い! 欲張りすぎたか!」
「もうチョイ、もうチョイだヨ! 財産大事! なんとかなる!」

 
「ぐげっ! 痛ッーーー!!」
「トゥルブレ!!」
「止まるな! 衛兵を呼んで来るのヨ!!」

「くそっ!! 死ぬなよ、トゥルブレ!!」
 
「にょほほ…… だいじょぶだいじょぶ」

クロトを見送ってから、トゥルブレは立ち止まり、悠々と自分の傷の手当を始める。
追っ手はまだ背後にいると言うのに。
 
「おいコラ! そこのハイブ野郎!」
「はいはい、何でしょ?」

足を痛みで引きずりつつも、のんきに振り返って応対するトゥルブレに放浪者の女も困惑してしまう。
 
「食い物だ。 あるだけ全部出しな」
 
「さあどうぞ、好きなだけ持っていってチョ」
 
「はぁ? まあ、聞き分けがいいのは助かるがよォ」
 
・・・・・・・・・・
 
「クッソ、ハイブめ! 人間はこんな臭い肉食えねぇんだよ!! 畜生が!」
 
やや昆虫に近い種であるハイブ族は、その食性からしてヒトとは異なる。
人間ではとても食べられないような臭みや苦味をもった肉でも平気で食べる事が出来る。
そのため、通常の肉はクロトに預け、トゥルブレは「臭い肉」のみを持っていた。
 
「これもハイブ族の旅の知恵ネ 衛兵さんもすぐ来るし、剥ぎ取ってる暇も無いデショ」
 
「チッ……」
 
彼らは町に入れない。
押し入る事が出来たとしても、店を利用し、売買を行う事は出来ない。
質の悪い防具を剥ぎ取る行為自体に意味が無い。
トゥルブレがクロトを先に行かせ、こうして余裕の態度でいられるのも、その計算あっての事だ。
 
「確かにそうだ。 お前から取るモンは何もねぇな」
 
「でしょでしょ」
 
「だがな……」
 
「ぐぇっ!!!」

「テメェのその態度が気に入らねぇなぁ!!
 命、取ってやんよ!!」
 
「こ、こんな事に、何の、意味が…… あるの、ネ……」

「あぁん? 楽しいからに決まってんだろ。
 お高く止まった野郎どもを、みじめで汚らしいアタシらがブッ殺す。
 最高にスカッとするだろォ!?」
 
(やっぱり、一番怖いのは、人間、ね……
 クロト、早く、助けて……)
 
「チッ!! しつこいな!」
 
「ほら、待ちなボウヤ! 身ぐるみ剥いだ後はみっちり可愛がってやるからよぉ!
 痛い目見たくなきゃ、大人しく捕まんな!」
 
「誰が!!」

 
「よしっ! ここまで来れば!!」

「おっ、こりゃまたチビの侍だな。 また一仕事もって来てくれたかね」
 
「野盗です! お願いします!」
 
「へっへっへ、立ってるだけで向こうから仕事が転がり込んでくるんだから、ありがてぇ話だぜ」
 
衛兵達は舌なめずりしながら襲撃者に向かって行った……
 
 
 
「チミみたいな若い子が奴隷商に捕まったらどうなるか、わかんないの?!
 早く、早く逃げなさいって!!」

 
「うっせぇ!! 死ね!!」

 
 
都市を攻め落とすには、まず防壁上のクロスボウ砲座を沈黙させなければならない。
襲撃者達はまずここから狙う。

衛兵達は素早く砲座に着き、それに対抗。
敵はもうクロトを追って来ない。
 
「よし…… 今行くぞ、トゥルブレ!」
 
クロトは踵を返し、外へと戻っていく。
 
「チッ、殺し地ちまったら奴隷に出来ねぇだろうがよ」
「砲台の威力が高すぎるってのも考えモンだなぁ」

衛兵達がボヤく声が壁の上から聞こえてくる。
ついさっきまで背後から追いすがっていた女は、もうピクリとも動かなくなっていた。
その姿を視界の隅にして、クロトは走った。
 
「チッ、本当に何も隠してねぇのかよ…… シケてやがるぜ」

「姐さん達もバカだねぇ、フル装備の衛兵に勝てるワケねーのによ!
 ハハッ、あばよ!」
 
クロトも走り去る女を追うことはせず、一直線にトゥルブレに向かって突っ走る。
 
「馬鹿野郎……!! ハイブの手足なんて簡単にもげるだろ……
 無茶するなよ……」

トゥルブレの意識は既に無い。
止血が間に合えばいいが……
 
担ぎ上げた時、その血溜まりの大きさに息を飲む。

凄惨な戦場の光景は、今まで何度も見てきた。
だが……
友の流す血というのは、いつまで経っても慣れる事の出来ない恐怖の対象だった。
 
やがて、無謀な突撃の果て、生き残った襲撃者は奴隷商に捕らえられていった。

見世物のように、酒場の奥に設置された檻に閉じ込められ、商品として登録される時を待つ。
放浪の旅は終わり、これからは奴隷としての生活がが始まるのだ。
 
これだから、食い詰めた農民の暴徒化が終わらないのか、と、クロトはその光景から考えさせられた。
よしんば、襲撃が失敗したとして、命までは取られない。
最悪、奴隷として生きていく事が出来るのだから、それまでは好き勝手に暴れる……
運悪く即死したなら、その時はその時。 いい事なんて何もない人生からオサラバ出来る。
……彼らはそんな生き方をしているのだろうか、と。
 
今は、そんな野盗の人生に思いを巡らせている時ではない。
クロトは酒場に飛び込み、宿代をテーブルに置き、2階のベッドに駆け上がる。

2000catのために片足を失う事も無いだろう。
そんな重い装備なんか捨てて、身軽になれば良かったのに。
 
クロトは、大きな借りを作ってしまったと、責任を感じていた。
彼を寝たきりになんて絶対にさせない。
今すぐ出発しよう。
まずは、そのための費用を工面しなければ。
資金は心許ないが……
 
 
酒場に、店主の姿は無い。
ここで物資を売り払って旅費にするつもりだったのが、アテが外れてしまった。
 
聞けば、店主はつい先日逃亡奴隷に刺し殺されたのだとか。
奴隷市ばかりで通常の物資を売買出来ない状態だと言うのに、ゾンビ事件のため後任の手続きが進まず、店主不在の町となっているようだ。

こういう時、融通が効かないのが都市連合の悪い所だ。
勝手な判断で手続きを無視して仕事を進めれば、後からそれを理由に難癖をつけ、ライバルから蹴落とされる。
そんな出世競争の脚の引っ張りあいが、都市連合では日常だ。
 
仕方ない。
換金手段が無い以上、荷物は持ったまま出発する他無い。
スキマーの爪や、反乱農民の持っていたボロ装備。
この僅かな物資が、唯一の自分の資産なのだから……
 
 

 
 
来た道を辿るように、海岸線を走り、ハイブ村へと戻る。

 
まず物資を雑貨屋で換金してから、ハイブ村の特産品……
「格安義肢」の店へと駆け込む。
 
手持ちのcatでは、高品質の物は買えない。

 
仕方なく、一段下の品質の物で妥協する。

 

 

ただでさえ遅い足が、これでますます遅くなるが……
トゥルブレを見捨てて行く事など出来ない。
奴隷市に片足の友を置いていくなど、侍の道に反した恥ずべき行為だ。
 
ポートノースに戻る途上、また反乱農民が倒れている所を見つけるが……
もう、クロトに躊躇いは無かった。
1200catを支払い、手持ちは殆ど残っていない。
 
もう、心身共に余裕が無い。
換金出来る物はありがたく頂いていく事にする。

せめてもの情けとして、止血だけはして行く。
運が良ければ生き延びる事も出来るだろう……
 
 
そして、ハイブ村にほど近い砂浜で、ついにソレと遭遇してしまう。
 
ゾンビの大群。

とうとうここまで押し寄せて来てしまったか。
ハイブ村の兵力があれば、そう容易く飲み込まれはしまいが……
 
いずれ、トゥルブレの故郷も滅ぶ事になるのだろうか。
 
いや、考えるのはよそう。
僕は、僕の旅を続けるだけ。
 
この旅人のような末路を迎えたくは無い。

 
夜闇の砂漠を、隠密行で慎重に渡って行く。

ここで倒れれば、友に片足を届ける事が出来ない。
いつも以上に慎重に、焦る気持ちを抑えながら、暗がりを進む。
 
 

 
 
ポートノースに戻り、店主不在の酒場へに飛び込む。

 
 
「まったく……ワタクシの事は見捨てて旅立つのが最善だと、分かってるでショーに……」
「未熟な僕には、君のような従士が必要なんだよ。今の所は、まだね」
「やれやれ…… これだから、道理が通じないニンゲンって種は嫌いなんだ……」

だが、そう言って悪態をつく声は、照れくささと喜びとで随分と歪んでいた。
口元には、笑顔。
 
格安の量産品とは言え、決して安くは無いソレを、失われた右足の代わりに取り付ける。

 
「どうだ?」
「ウン、悪くないネ。 歩ける歩ける」

2000catで雇われ、ここまでの旅と、命を救われた恩と、1200catの出費……
ハイブとしての計算で見れば、とっくに大赤字だ。
クロトには返しきれない借りが出来てしまった。
 
今、この瞬間を境に、トゥルブレは認識を改める事にした。
いつか見捨てる日が来るとしても、それまでは……
この少年は雇い主ではなく、命の恩人…… そして、仲間であると、そう決めた。
 
 
「じゃ、次はショーバタイの町、ネ?」
「ああ。 何はともあれ、侍の町に行かない事には、だろ?」

ポートノースの酒場がいつ再開するのか分からない以上、ここに留まっていても旅費を稼ぐ事は出来ない。
軍属としての任を果たすためにも、今後の資金を稼ぐためにも、大都市にまで足を伸ばす必要がある。
 
たとえ、危険な砂漠を渡らなければならないとしても……
生き延びるため、故郷へ帰るため、旅立たなければならない。
 
 
 

 
 
二人はポートノースの正門を潜って出発。

酒場の宿で休んでいる間、スキマーの群れに襲撃を受けていたようだが、衛兵達は十分これに対処出来ていたようだ。
これなら、いざと言う時、避難場所として戻る事も出来るだろう。
もっとも、ゾンビの大群に襲われる事になれば、どうなるかは分からないが……
 
 
衛兵達の仕留めたスキマーから肉をいただこうと、クロトが駆け寄ると……

意識を取り戻し、逆に追われる羽目になったりもした。
 
幸い、走って振り切る事ができたため、事なきを得た。
 
そう。
あの光を浴びて体は弱体化してしまったが、「鍛え直す」事は出来るのだ。
 
ここまでの長旅で、本調子には程遠いものの、クロトの脚はある程度の速力を取り戻せていたのだ。
 
また、行き倒れの反乱農民から装備を剥ぎ取る機会にも恵まれた。

黒いターバンはトゥルブレが、粗末な胸当ては、彼の勧めもあってクロトが身に付ける事となった。

「なんだか落ち着かないな、これ。 胸以外ガラ空きじゃないか」
 
「ボロ着じゃカバー出来ても意味無いんだから、胸だけでも守れるだけマシってモンでしょ」
 
そう言われ、それもそうだと納得。
 
夜闇の中、ランタンの灯りを消し、隠密行で南を目指す。

視界が悪い。
いつ敵と出くわすか……
 
視界の片隅に、ゾンビの死体が一体。

傷口のえぐれ方からして、おそらくはスキマーにやられたものだろう。
きっと、すぐ近く、辺りをウロついている……
 
夜が明けた。

慎重に進みすぎたか。
あまり距離を稼げないうちに、朝になってしまった。
 
万全を期してノロノロと進むより、視界が通らない夜の間に、走って一気に距離を稼いだ方が賢明だったのではないだろうか、と……
後に、この時の判断を悔いる事となる。
 
夜が明け、砂漠を朝日が照らし、視界は開けた。

見つかった。
一帯を徘徊するスキマー全てを避けて通るのは、不可能だった。
義足の立てるガチャガチャした音と、歩みの遅さが災いした。
このままでは、すぐに追いつかれる!
 
「ああああーーーー! もったいないにょーーーん!!」
 
「言ってる場合か!!」
 
荷物を捨て、身軽になる。
 
ハイブにとって、財産を投げ捨てる行為がどれだけ冒涜的かは知らないが、今は逃げる事を何より優先すべきだ。
このままでは、自分一人は走って逃げられたとしても、トゥルブレは確実に追いつかれる。

「くそっ! 仕方ないな、もう!」
 
「おひょ!? そ、それは無茶ね、クロトくん!」
 
ハイブの身体は軽い。
トゥルブレが弱った足で走るよりかは、こうして担いで走った方がまだマシだった。
 
 
「こんな馬鹿な事、よしなさいナ! ほら、追いつかれる!!」
「なら、その重い鎧も捨ててくれ!!」
「えぇーーー!?」

偶然、故郷に帰る直前に手に入れる事が出来た、見掛け倒しとは言え、ハイブプリンスとして恥ずかしくない衣装。
幸運の鎧。
 
「もおぉぉぉぉ! 仕方ないネぇ!!」
 
だが、それももう必要ない。
戦わない者にとって、鎧などただの重荷でしかない。
ちっぽけなプライドと共に、鎧や肉を投げ捨てる。

「ダメだヨ! 距離、縮まってる! まだ足りない! 早くワタクシを降ろして!」
「僕の鎧も外してくれ! 早くっ!!」
「この強情者メ! これだから人間は!」

担がれたままで、器用にクロトの防具を脱がしていくトゥルブレ。
諸共に、不要と判断した物も放り投げていく。
 
「よし! これで「軽量」って感じだ! 行けるぞ!!」
 
……その時、
スキマーの腕が伸び、振り下ろされた。

冷酷な爪の一撃が、クロトの頭部に突き刺さる。
そのまま、意識を失ったクロトは大地に倒れ伏し、動かなくなった。
 
「即死……は、してない、ネ……」
 
砂地に投げ出されたトゥルブレは、起き上がって巨虫を仰ぎ見る。

ピタリと、動きが止まった。
 
ターゲットであるクロトを殴り倒し、それで満足したのだろうか。
あるいは、ハイブ種である自身を敵とは見なかったのか。
 
トゥルブレは防御体制を取りつつ、急いでクロトの止血に掛かる。
包帯による治療速度が遅く、間に合うかどうか、心配になってくる。
 
 
 
『いつか見捨てる日が来るとしても』
 
 
 
先日の自問自答が、脳裏に蘇る。
 
彼は、雇い主ではない。
友だ。

だから、友の物を拝借するのに、躊躇いは無い。
懐の貴重品に、トゥルブレは手を伸ばし……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
「う…… 生きて……る……?」

 
寝ている間に砂嵐に吹かれたか、脚は砂の中に埋もれている。
口と鼻の中の砂粒を吐き出しながら、顔を上げて辺りを見回す。

 
「やれやれ…… 僕の方が置いていかれちゃったか……」

ズキズキと頭が痛むが、止血はしてあるようだった。
 
一瞬の事でよく覚えてはいないが、思い切り頭をやられた。
治療無しに放置されていれば、間違いなく死んでいたはずだ。
懐にしまい込んでいた中級医療キットが無くなっている。
 
治療費として頂いて行った、という所か。
 
 

例の鎧を含め、投げ捨てた品々はそのまま残されている。
あまり時間の余裕は無かったようだ。
 
治療して行ってくれただけありがたいと思わなければ。
 
 
辺りはスキマーだらけ。
笑えない状況。

だが、身軽になり、歩みは早い。
一人旅も悪くないものだ。
 
走れば逃げ切れるのだから、気楽なものさ。
気配を察知し、稜線を使ってやり過ごす。

どうだい。 僕だって中々のものだろう。
 
クロトは、包囲状態を抜け出し、砂塵の中に消えて行った。

 
 
やがて、目的地が見えてくる。

 
 
あれが、ショーバタイの町だ。 案外、簡単に着いてしまったものだ。

立派に、僕一人で走り切った。
 
彼には彼の生き方がある。
恨んだりはしないさ。
 
それでも、その頬に涙が伝うのを、止める事は出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
『いつか、見捨てる日が来るとしても』
 
 
いずれ、彼がワタクシを見捨てる時が来るとして、それまでは、彼を助け、支えとなろう。
そう、胸の奥に誓った。

もう、彼は雇い主ではない。
 
友なのだから。
 
なんとしても救ってみせる。
 
トゥルブレは、その懐の貴重品に手をのばす。
 
効果の薄い低級品では間に合わないかもしれない。
クロトがいつも懐にしまっている中級医療キットに切り替える。
 
 
「良かった…… 血は、止まったネ……」
 
夢中になっていて、気にするのをやめていた。
 
背後には、両椀を振りかぶった、スキマーの姿。
 
「掛かって来い! ハイブプリンス、トゥルブレ様が相手になってやる!!」

 
 
(鎧を着てたら、致命傷は防げたかナ…… や、大差無いか……)

 
 
(ワタクシにはもう、何も無かった。
 生きる意味が、既に失われていた。
 足すら失くして、チミの旅に、ワタクシはもうお荷物でしか無いというのに、それでも、チミはワタクシに居場所を与えてくれた。
 だから、これでいいヨ……
 チミが生き延びられる、最後の希望を残す事が出来たから……
 ワタクシの命に、意味を与えて、終わる事が……)
 
 
トゥルブレは、寄り添うようにして体重を預け、満足気にため息を漏らし……

 
 
 

 
 
 

グレートデザートの厳しい環境下でも、虫達は逞しく生きている。
 
生物の分解は速い。
 
死骸となった者には立ち所に蝿がたかり、大地の掃除を進め行く。

 
まだ息のある者には寄り付かないが、既に息絶えた者は別だ。

蝿を追い散らし、付近に邪魔者がいない事を確認すると、スキマーが食事始める。
 
 
 
食事を終えたスキマーは、クロトを残し、去っていく。
 
 
 
やがて夜となり……

 
 
日は昇り……

風に運ばれた砂塵が、惨劇の痕跡を覆い隠して行く。
 
 

長い眠りから少年が目覚めた時には、既に血溜まりも死臭も無く……
 
 
砂丘の陰で砂に埋もれずに済んだ物資だけが残されていた。

 
 
真実を知らぬまま、少年は旅を続ける。

 
 
トゥルブレという男の物語はここで終わったが……
 
頭の傷以上に痛む、胸の奥の痛みに耐えながら、
少年の旅は続く。

 
 
 
 
<続く>


設定:ダメージ2倍
縛り:展開にそぐわない行動は取らない(犯罪行為等)