予定された出発の時は近い。
クロト達特務隊一行は、ハブの町で旅の準備を進めていた。
(バックパックのせいもあるとは言え、オレから先に倒れるパターンが続いている……
もっと筋力を付け、タフさを鍛えておかなければ……)
そう思い、筋トレランニングを続けるデーリアだったが、突然野生のガルの襲撃を受ける。
「いつぞや食肉狩りをした際の生き残りか?!
野生の獣が仇討ちとは、見上げた根性! 受けて立つ!」
鉱石を詰め込んだバックパックを投げ捨て、デーリアは真正面からガルの突進を受け止める。
「ふぅ、あまり無茶はしないようにね、デーリア君」
「世話を掛けるな、ドクター……
未だ獣一匹程度も単身で仕留められんとは、口惜しい限りだ」
よっこいしょ、とデーリアはガルの死体を担ぎ上げる。
「負荷UP! もっと、もっと鍛えねば!!」
スクインから物資が届き、出発の準備がいよいよ整う。
短いトレーニング期間を終え、一同は慌ただしく身支度を進めていく。
「いよいよ俺も侍スタイルになっちまったなぁ……」
「だが、性能は明らかにこちらの方が上。
いつまでも使い古したコートと言う訳にもいくまい」
「ああ、そうだな……」
ハムートにたしなめられ、モムソーは愛用のコートをしまい込み、「スワンプ流」を封印。
そして、特務隊はハブの町を後にした。
第三部:西部編⑨ オクラン・ガルフ
「ハブから直接北に向かうと、ホーリーネーションの町にぶつかります。
ですから……」
「まずは、ハイブの村を経由し、そこからオクランガルフを抜けて行く、という訳じゃの」
「はい。ハイブ村から、敵地スタックの西を抜け、オクランガルフに向かって北上……
かつてエレマイアさん達スケルトン組が通った道を、逆に辿って行こうかと思います」
「ホーリーネーションの巡回部隊に捕まらなケレバ問題ハスクナイ」
「ワレワレガ辿った道は、コウです」
「テキチノ西側を縫って行くと、巡回隊と出くわす頻度も低いようです」
「ホーリーネーション西側の砦が、ここらに幾つもあったはずですが……
スケルトンの貴方達や、都市連合所属の僕らが通っても大丈夫なんですか?」
「問題ナイ。既に西側の砦と鉱山はゾンビとフォグマンに壊滅サセラレテイル」
「農村は近づかなければ問題無い。
となると、後は残った砦の近くを通る時だけが警戒ポイント、と言う訳ですね」
「リバースの西まで着けばもうセーフティゾーン。騎士達も出没しなくなる」
そこから浮浪忍者のセーフハウスに向かえば、目指す浮浪忍者の里は目の前だ」
「では、このルートに従って、まずはハイブ村へ、ですね」
ハイブ村では、再びゾンビの襲撃を受けた。
前衛がダメージを負いつつ散らばる敵ゾンビを片付け、射撃班が敵主力に火力をぶつける。
今回もこのフォーメーションで戦闘は優位な形で進む。
前衛から後衛に転身したシルバーシェイドの訓練も順調なようだ。
しっかりと戦果を出している。
ダメージは軽傷止まり。
回復にそう長い時間は掛からず……
ハイブ村を出発。
いよいよ、クロト達は北へ……
ホーリーネーション領へと足を踏み入れる。
オクラン・ガルフ。
ホーリーネーション領・西端に位置する地域。
西は人食い人種フォグマン、南はシェク王国、北は古代の機械の跋扈する湿地帯、と、三方を非友好勢力に囲まれたエリアであり、無人の荒野が多くを占めている。
エレマイア達スケルトンは何度かこの地を往復しており、彼らの案内で旅はスムーズに進んでいた。
突然ゾンビに出くわす、という危険性だけは心配だったが、幸い、今の所1匹のゾンビがフラフラと歩いているのに対処するだけで済んでいる。
その、たった一匹のゾンビ。
その極めて短時間の戦闘が、運命の分かれ目だった。
遭遇戦に意識が向いていたため、ホーリーネーションの巡回部隊がこちらに向かって来ている事に気付くのが僅かに遅れた。
性能の低い義足を使っているクロト達では、熟練の騎士達を振り切る事は不可能。
絶望的な戦いだが…… 迎撃せざるを得ない。
「ハイパラディン!? くそっ! 運が悪いにも程がある!」
クロトが毒づく。
高位のパラディンを含む部隊となると、彼我の戦力差は圧倒的。
敗北は必至だ。
射撃部隊が敵隊長に集中砲火を浴びせるが、敵はハイパラディンだけではない。
その突進を止める事は出来ない。
フォーメーションは一瞬で崩れ、部隊は壊滅。
既に片足を失っているグリーンが、今度は左腕を切断されてしまう。
結局、三人の敵を倒した所で全滅。
幸い、敵の砦が遠いためか、逮捕される事はなかった。
戦闘を終えると、気絶した仲間を放置し、早々に立ち去っていった。
意識があるのは、僅か四人。
今は倒れたまま、敵が立ち去るのを待つしかない。
早く仲間の止血をしに行きたい所だが……
クロトは倒れたまま匍匐前進し、味方の治療を開始する。
が……
止血を優先したのは悪手だったか?!
今ヤツに襲いかかられると……!
が、そんなクロトの心配を他所に、パラディンは捨て台詞を残してそのまま走り去って行った。
ありがたい。
生存よりプライドを優先する連中の中に、ああいう現実的な選択が出来る者がいてくれて助かった。
と、思ったのも束の間。
突然、パラディンが踵を返して駆け戻ってくる。
伏せたままだったクロトはあっという間に斬り倒され、残った馬とデーリアが迎撃に向かうが……
ダメージは深く、とてもフル装備のパラディンに勝てる状態ではない。
馬が倒れ、残るはデーリア一人……
と、その時。
(そうか! こいつが引き返して来たのは、このためか!)
パラディンは、この大群から逃れるためにこちらに引き返して来たのか。
意識を失い倒れる寸前、ダルパンが目にしたのは、ゾンビの大群がこちらに向かって歩いてくる光景だった。
パラディンも既にボロボロだ。
あっという間に先頭のゾンビに叩き伏せられ、昏倒してしまう。
意識を取り戻したクロトは、せめて誰か一人でも担いで逃げ出すべきかと判断に迷うが……
起き上がろうとする隙に、再び殴り倒される。
ゾンビの大群を目の前にして、全員が意識を失った。
つまり、喰い放題の時間の始まりだ。
幸い、真っ先に捕食の対象となったのはパラディン達の方だった。
そして、更に幸運な事に、敵の大群が側面に向かって進路を変え始めた。
飢えた野盗の一団が通りがかってくれたのだ。
ゾンビの「動く生者を襲う事を優先する」性質のお陰で、敵の隊列は徐々に離れて行く。
が、パラディンの捕食を終えたゾンビが一体、デーリアに向かって歩いてくる。
「くっ…… させるか…… 吾輩が、許さん……!」
立ち去らず、その場に残った2体のゾンビに対し、勇猛果敢に斬りかかり、一体を倒す事には成功したが……
馬は、残る一体を倒す前に再び気絶してしまった。
デーリアに対する捕食が始まる。
彼女は深い昏睡状態にある。
喰らいつかれても目が覚める事は無い。
かじりつかれた右脚は、もう限界に近付いていた……
が、しかし。
その時、飢えた野盗との戦闘の方に気を取られ、残る一体のゾンビも離れて行ってくれた。
ゾンビの群れは遠く離れて行き……
残った2体をクロトが倒し、ようやく仲間の治療に取り掛かる事が出来た。
一通り仲間の止血を終え、寝袋を敷く準備を開始すると……
ボーンドッグの群れがクロトを襲う。
即座に再度昏倒させられるクロト。
残ったシルバーシェイドが作業を引き継ぐが……
ボーンドッグの鼻はその動きを的確に捉え、引き返して来てしまう。
唯一立って動ける状態だったシルバーシェイドまでもが襲われ……
右足を切断される。
クロトが再び起き上がるまで、部隊は更に出血を深める事となった。
スケルトンだからと治療を後回しにしていたコスチュニンの状態の悪化にギリギリの所で気付けたのは不幸中の幸いだった。
あと数分対応が遅れていたら助かっていなかっただろう。
(これから、どうする……?)
クロトは愕然とする。
ここは、敵地のど真ん中。
コスチュニンはスケルトンなので、修理が終わり次第すぐに動けるようになるが……
当分の間、動けるのは自分とコスチュニンの2人だけ。
進むにしても退くにしても、安全域への距離が遠すぎる。
流石に、誰も残らずに負傷者を放置するというのは論外だ。
ここはまず、コスチュニンにドクターを連れて北に向かってもらい、自分は寝袋を敷いて治療を進める事にする。
クロトはそう決断し、コスチュニンを送り出した。
やはり、ここに一人は残っていなければならなかった。
この従者を切り倒した後、止血せずに少し離れた位置に放置して来る。
流石に、この状況で襲い掛かってくる敵にまで慈悲を見せる事は出来ない。
運が良ければ、ゾンビの餌になる前に意識を取り戻すか、仲間に回収してもらえるだろう。
ここから移動するためには、負傷者を担いで走れる者の頭数が必要だ。
まずは意識を取り戻す事を優先し、クロトはダメージの浅い者から寝袋に寝かせて行く。
コスチュニンが戻るまでに、動き出せるようにしておきたい所だ。
後は、さらなる襲撃者が出現しない事を祈るのみ……
コスチュニンは、ドクターを抱え、リバース鉱山に程近い山岳地帯を走っていた。
ここまでくれば、敵の巡回部隊にはもう殆ど出会う事が無い。
鉱山の西の山道を抜ければ、目指す小屋はもうすぐ近く……
あった。
あれが、「浮浪忍者の隠れ家」だ。
ダルパンが目覚め、自身の寝ていた寝袋に、クロトを交代で寝かせる。
「最速の貴方が全速を出せるようにしておく事を優先するの」
と説得し、ようやく眠ってくれた。
部隊の中で優先度を着けて回復。
足を破壊されたグリーンと、かじられて深手を負ったデーリアは未だ起き上がる事が出来ないが、これでようやくここを離れる準備が整った。
北に向かって歩き出し、駆け戻ってきたコスチュニンとも合流。
夜闇で殆ど視界が効かない状態となった山岳部を、休まず踏破して行く。
と、突然の襲撃。
真っ暗な夜闇の中、黒い体毛のボーンドッグの襲撃に気付く事は困難。
否応なく遭遇戦になってしまった。
苦戦はするが、勝てない相手ではない。
なんとか迎撃を終えるが……
更に三人が倒れる事となってしまう。
「痛ってぇ!! クソッ! また噛まれた!」
「どこだ!?」「足元! 小さいのが!」
この暗闇の中では、子犬サイズの敵を視認するのは至難の業である……
ようやく朝日が薄く差してくる頃、ようやく、クロト達は自身がボーンドッグの巣に突っ込んでしまっていた事に気付く。
余計なダメージと、余計な時間を取らされてしまった。
更に鈍足となったが、まだ行軍は続けられる……
北を、目指そう。
前方から、戦闘の気配。
ホーリーネーションの追放者達が、ゾンビと戦闘している。
少しだけ飛び道具で援護した後、足を止めずにそのまま立ち去る。
今は、人助けをしている余裕は無い……
そして、リバース鉱山の西を回り込み……
「おおーーーーい! みんなーーーーー!!」
すっかり元気を取り戻したドクターが、一行を迎えた。
この小屋はホーリーネーションの奴隷鉱山であるリバースから逃れてきた者達を匿うための施設だ。
逃亡奴隷のための物資には手を着けず、ベッドで休ませてもらうに留める。
病床数が足りず、寝袋も使って仲間の治療を進める。
ここまでの道のりで激しいダメージを受けすぎた。
全員揃って動き出せるようになるまでには、まだまだ相当な時間が掛かるだろう。
まずは、四肢の欠損があるグリーンとシルバーシェイドから……と考え、五体満足なクロトとコスチュニンの2人で彼らを先に運んで行く事にする。
義肢を手に入れるアテはすぐには無いが、コスチュニンには何やら思い当たる所があるらしい。
彼の案内に従い、クロトは出発した。
目指すは、ここから更に北。
浮浪忍者の里。
止まない雨の降る湿地帯、ウェンドを抜け……
再会の時が近付いていた。
<続く>
注意:当ブログの記事内の設定はKenshiの公式設定とは異なります