古代の機械達が跋扈する地、ウェンドの端をかすめるようにして、クロトとコスチュニンは北を目指す。
既に敵騎士団の活動範囲からは脱しているが、前回の轍を踏まず、今度はしっかりと獣の巣を回避。
無事、目的地である「浮浪人の村」へと辿り着いた。
第三部:西部編⑩ 浮浪人の村
表向きには「不浪人の村」と呼称されているこの場所こそ、浮浪忍者の勢力本部、通称「浮浪忍者の隠れ里」だ。
今まではスケルトン達の語った断片的な情報から類推していただけだったが……
ついにクロト自身の足でこの地を訪れる事となった。
門番は傷だらけ。 複数の砲座には常に人員が配備され、激戦の跡が伺える。
「対ゾンビ特務隊の者です! ベッドを貸して頂けませんか!」
浮浪忍者達はあっさりとクロトを中に通し、負傷者の安全を確約した。
それも、そのはず。
この地は既に、本人の知らない間に、クロトとは切っても切れない場所になっていたのだから。
「カイネンさん!? パスクリさんも!!」
都市連合内部で暗躍していた忍者である彼女達が、その実、ホーリーネーションに対する対抗組織、浮浪忍者である……と、想定はしていた。
だが、クロトが別れたのは北の漁村、ポグ村での事である。
ここでの再会はクロトにとっては衝撃的であった。
「は!? あれ!? く、クロト君……!?」
兜をスポッと外し、しげしげと顔を眺めた後……
信じられない、と言うような呆然とした顔付きで、クロトの体中をペタペタと触り始めるカイネン。
「ちょ、カイネンさん!?」
「本物だぁぁぁぁぁぁぁぁ! 幻かと思ったあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
押し倒さんばかりの勢いで激しく抱きついてくるカイネン。
……の頭を殴り、無理やり引き剥がすパスクリ。
「悪ぃ、クロト。仲間の姿が見えないって事は、怪我人だけを先に運んで来たって事だな。
状況、良くないのか」
「ええ、は、はい! リバース北の避難小屋で重傷者の治療を進めています」
「OK。分かった。モール姐さん……ウチの大将にはよろしく言っておくから、早く戻ってやりな。
ベッドの数に余裕はある。みんな連れてくるといい」
「案内してくれたのは、コスチュニンかい? あんたも、しばらくぶりだね」
「肯定--案内」
「いい判断をしてくれた……と、俺は思っている。
ありがとうな」
何か複雑な事情を感じさせる表情と声音が気にはなったが……
今はこの里の好意にすがる他無い。
皆と合流すべく、クロトとコスチュニンはすぐにもと来た道を引き返して行った。
何事もなく、小屋まで戻る事が出来た。
回復に努めていた仲間達の方でも特に何もなく、一安心するクロト。
「と、言う訳で、以前共に旅をした事のある浮浪忍者の方が、僕達を受け入れてくれる、と言うので……」
「おお! カリンちゃん達無事じゃったか! 無事で何よりじゃのう!」
(またJRPGの女の人……)
クロトより前からピカリングと面識のあったホッブズは、どうやら以前から彼女が浮浪忍者として活動していた事を知っているようだった。
今となってはクロト、ホッブズ、馬の三人以外、彼女らと面識は無いのだが……
保護してもらえる場所があり、義手の入手にもアテがあるという話は、彼らにとって救いであった。
一行はシルバーシェイドとグリーンの2人を預けた隠れ里へと、急いで向かう事にした。
「お世話になります!」
「なに、活躍は聞いているぞ、少年」「歓迎しますわよ!」
(この村、殆ど女の人ばっかり……)
ダルパンを不安にしつつも、一行は酒場に腰を据え、旅の疲れを取る事にした。
「……と、コスチュニンさんが義肢の入手先に心当たりがあるそぶりなので」
「何から何までニンジャのねーちゃん達に世話になりっぱなしじゃ男がすたるぜ。
なんか俺達にも手伝える事はねぇのか?」
「フフッ、流石はクロト。 クランの殺し屋まで仲間に加えるとはな。
また見ない顔が随分と部隊に増えているじゃないか」
「あっ!? 貴方は……!」
酒場の片隅に立っている衛士に声を掛けられたクロトは、その顔を見て驚きの声を上げる。
「スヴェアさん!!」
「随分たくましくなったようじゃないか。見違えたよ」
デーリアとダルパンも立ち上がり、抱き合って無事を喜び合う。
シャークの町で別れてから、スケルトンを連れて去って行った彼女がどこに向かったのか、知る者はいなかったが……
エレマイア達スケルトン組が「同盟者の村に世話になった」と言っていた事から、ここで出会える可能性は考えられていた。
スヴェアは浮浪忍者の首領であるモールに引き合わせると言い、クロトを連れて酒場を出ていった。
大きな声で後で共に飲もうと叫ぶデーリアに手を振り返す彼女は、実にいい笑顔をしていた。
「活躍は聞いている。カリンも、スヴェアも、お前に助けられたそうだな」
「いえ、助けられたのは僕の方です。
まだまだ未熟者ですが…… 当初は、今よりもっと肉体的に弱っていたので……」
「そうしてステイヤー達が力を合わせて立ち上がるきっかけを作ったのがお前だ。
私は、お前の事を高く評価しているし、同様に考えている同盟者は多い」
「そんな…… 恐縮です」
浮浪忍者の首領と言うから、ゴリロのように逞しい戦士を想像していたが、驚いた事にクロトとそう背丈も体格も変わらない。
スコーチランダーは外見から年齢が分かりづらいが、そんなに高齢な訳でもないようだ。
そんな彼女が、歴戦の浮浪忍者を束ね、次々と的確に指示を出し、部隊を動かしている。
クロトは心底敬服し、これが優秀な司令官の姿というものか、と憧憬の眼差しで見つめていた。
「慌ただしくて済まない。何せ、ここ最近は同盟者が増えて交渉ごとが多くてね……
後の事はピカリングに任せてある。これから先の事は彼女に聞くといい」
「何から何まで、ありがとうございます!」
「なに、こんな時代だ。お互い様、という事だよ。
これからも壮健でな。お前が死ぬと悲しむ女もいるのだから」
「は、はい!」
「クロト君は、あちらこちらで人助けをし続けて来たようだね…… いい人じゃないか、ミウちゃん」
「ハムートの言いたいことは分かるけど…… 私は、もう忘れたままでいいって思うんだ。
きっと、もう私にはその資格が無いって、思うからさ」
「そういう諦め癖は良くないよ、ミウちゃん……」
「そう言うハムートだって、もし再婚しろって言われたら返事に困るだろ?」
「う、うぅむ…… それは、まあ……」
「ま、なるようになるさ。私は、見守り続けたいだけ……」
ミウは、クロトと共に暮らしていた過去を忘れた、もう一人の人物……
ドクターチュンの方をチラリと見る。
と、見知らぬ少女が一人、じっと何も言わずに立っていた。
「・・・・・・・・・」
「ん? なんだね、君は……?」
何も言わず、ドクターの服の裾を手でつまみ、それでいて熱心に何かを語りかけるような目で見つめて来る。
今まで、何度も目にして来た眼差しだ。
何もかも失い、ただ最後の救いを求め、訴える…… そんな、追い詰められている者の目だ。
「もしかして……君も、隊に加わりたいのかい?」
「うん……」
コクン、と、小さく返事をして頷く。
「いいだろう。隊長のクロト君に話してみようか」
その少女はドクターから離れたがらず、ピタリと付いてくる。
クロトはそんな様子を微笑ましく思い、二つ返事で同行を許可。
早速、装備を整える事とする。
「兜とズボンは余り物だが…… ほら、この服なら、里の皆と同じだよ」
「ありがとう、おと…… おじさま……」
思わずクスッと笑うクロトに、憮然とするドクター。
記憶障害の影響か、すっかり気弱になってしまった彼には、これもいい心のリハビリになるかもしれない。
「ほらほら、新人はまず型から! 実戦は最低14段まで進級してから! いいね!」
「……はい!」
ピカリング曰く、どうもスワンプかホーリーネーション辺りで酷い目に遭った少女との事で、詳しい所まではとても聞けなかったが……
随分と辛い過去を背負って来たように見える。
特務隊として活動する事で、彼女に生きる気力が戻ってくれる事を祈りたい。
「って事だからさ、甘やかしたりはしないで、しっかり鍛えてやっておくれ」
「はい、勿論です、ピカリングさん!
って、いつのまにか…… 僕も新人を鍛える立場になっちゃったんですね。
……こうしてカカシ相手に訓練するのも、随分久しぶりな気がします」
「たまには初心に帰って無心に棒を振るのも悪くはないモンさ」
「それで…… こんな所でしか出来ない話って、何ですか?」
「ああ……」
訓練用ダミーを叩き続ける騒音で、遠くまで話し声が届く事は無い。
内密の話をするには持ってこいという訳だ。
「個人的には、来てくれて嬉しい。 そりゃもう大歓迎ってなモンだけど……
こんなトコまで来ちまうなんて、「ウチ」としてはちょっと想定外でさ。
どうしたもんかとボス達で話し合っててね」
そうだ。 彼女達には、クロト達に隠しておきたい何かがある。
最初にピカリング達に出会った時から既に、それだけは分かっている。
そして、今まで旅を続ける中、それがロード・ナガタの汚職の秘密だけに留まらないのでは、と予想もしている。
こんな所まで押しかけて来てしまったのは、彼女らにとっては迷惑だったのかもしれない。
「来ちまったモンは仕方がない。
丁度、義手・義足を探してるって事だし、案内してやる他ないって結論になってね。
教えてあげるよ。 ……世界の果てに行く方法をね」
「世界の、果て……?」
「ああ。 この村には見知った顔も何人かいるだろう?
案内人として、誰かに同行を頼んでみるといい。
喜んで着いて行きたがるヤツもいるだろうさ」
「そこに行けば、義肢が手に入るんですね!
ありがとうございます!」
期待していた真相の開示ではなかったようだが……
今早急に解決したい問題への解答が得られた。
これは素直にありがたい。
コスチュニンの示唆していた心当たりとは、この事だったのか。
「拙者は辞退するでござるよニンニン。
きっと兄者も……」
「ウム。拙者も遠慮しておこう。
後で恨まれたくはないからな…… 忍ッ!」
アイメルトとトゼッリは(一言もそうだとは言っていないが)明らかに忍者であると分かっていたため、この村にいても不思議ではないと思っていたが……
彼らとの再会もクロトにとっては嬉しい驚きだった。
が、しかし、とても忍者らしい(?)彼らに道案内を頼めれば、未知の道を行く旅も安心だと思ったのだが、にべもなく断られてしまった。
せっかく大砂漠以来の再会だったと言うのに、クロトは少しガッカリして村を歩き続ける。
「それで私の所に来たって訳か」
彼女との再会はクロトにとって嬉しい驚きだった。
自分が無能な隊長として見捨てられた訳ではなく、彼女には本来果たすべき別の任務があったから……と、彼女の離脱に納得が行ったからだ。
そうであれば、勇敢な彼女と再び共に旅する事が出来れば、と、そうクロトは考えたのだが……
「悪いが、私はここで新人達を育成する役目を負ってしまってね。
いつかは大砂漠に戻るつもりではいるが……
当面、特務部隊・スヴェア隊の隊長としての責務を優先するつもりだよ。
それに……」
苦笑して何かを言いかけた時、甲高い警告の叫びが上がる。
「敵襲ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
ゾンビか!? とクロト達が武器を手に取り走り出した次の瞬間、耳障りな奇声がけたたましく響く。
カニバルの襲撃だ。
「カイネンはどうした! ええい、どこで油を売ってるんだか!
クロト、一緒に戦うよ!」
「パスクリさん! 武器、弓に変えたんですね!」
「ああ。防壁の砲台を使って戦ってる内に、随分と鍛えられちまってな!」
「って、姉貴ィ!?」
パスクリが素っ頓狂な声で叫ぶ。 カイネンは、早くもKO済みであった……
「外交仕事ばっかりだったからって、ちょっと体がなまりすぎだろ!」
「うぐぐぐ…… クロト君が見てるのに、恥ずかしい……
って、きゃあぁぁっ!」
「その人を離したまえ!
食人族ならば、このハムートも容赦はせんぞ!」
カニバルの戦士達は最底辺のゾンビよりは強いが、防具を身につける習慣もなく、そこまで手強い相手ではない。
クロト隊との共闘により、間もなく戦いは浮浪忍者の勝利で終わった。
とは言え、流石に軽装の浮浪忍者部隊だと、数で押して来る蛮族相手に無傷とは行かない。
乱戦の中で倒れた戦士を見つけては治療を進めていく。
一方で、乱戦の中で孤立し、仲間達が危険な状態に陥っていたモムソーに気付いていなかったのを、浮浪忍者達が治療してくれていた、という場面もあった。
「綺麗なねーちゃん達に囲まれて集中治療を受けたってのに、意識を失ってたなんて、男モムソー一生の不覚」
などと本人は残念がっていたが、ハゲとヒゲの男忍者が治療にあたっていた事は黙っておいた方が良さそうだ。
第二波 襲来。
今度はゾンビが現れた。
シェク型ゾンビを迎撃し仕留める射撃班だったが……
本部+クロト隊と、先のカニバルとの戦闘で外部に出ていた忍者部隊とが引き離されてしまっている。
慌ててクロト隊は忍者達の援護に走るが……
激しい集団戦で、忍者達の被害も大きい。
スヴェア隊のピアも瀕死の状態となっている。
先行する射撃部隊が必死に援護し、前衛が駆けつけるまで奮闘を続けるが……
忍者部隊から、死者が2名出てしまった。
貴重な里の戦力、大切な仲間が、また、失われてしまった……
「気を落とすな、クロト君。
この子だけでも救えて、良かったと、そう思う他無い……」
「ですが…… もっと早く気付けていれば、と……」
「闇医者なんぞをやっていると、思い通りにならない事ばかりでね。
せめて、何か一つの救いが得られれば、それだけでも心が救われる……
戦争でも、戦いでも、そういうものではないかな……」
「せめて、後始末は我々でしよう」
ハムートが率先してトドメを刺して回りだし、部隊の面々がそれに続く。
戦い終わって、また、死体の海。
こちらの前衛部隊も無傷ではない。
負傷者を下げ、ダメージの無い人員で戦後処理を進めていく。
一体一体確認し、トドメを刺して「収穫」を集める活動は、結局夜中まで続いた。
ボロボロになって起き上がって来た残存ゾンビが、死骸にかじりつき共食いを始めるといういつもの光景。
この程度の相手なら、一人で十分。
一発の攻撃も受ける事なく、クロトは雑魚ゾンビを倒していく。
が、しかし…… 夜闇の中、丘の向こうから、無数のゾンビが姿を現し始める。
第三波の襲来である。
砲台を活かす形で、里の正門を防衛線とする形で、クロト隊が中心となって迎撃を進め……
結局、戦いは明け方まで続く事となった。
「これからは、死んでいった先輩達の分まで俺達が頑張らなきゃいけないんだ。
早く起きてこいよ……姉貴」
第四波、襲来。
少数のゾンビと、多数のカニバルが同時に出現。
今回は運が良かった。
起き上がってきたカイネンもここぞとばかりに張り切り、戦列に加わる。
カニバルハンターの活躍もあり、この戦いの被害は小さいものとなった。
そして、全ての戦いが終わり、ようやくクロト達は休息を取る事が出来た……
皆の回復を待つ間、クロトは「世界の果て」までの案内役を求め、かつての仲間達の所を回っていた。
「ええと、出来れば、貴方達兄弟に来て頂ければと……」
「じゃーかーらー 拙者らを誘いに来るんじゃないと言っているだろう! 忍ッ!」
「わざとか! わざと避けているな!? それはそれで可哀想でござるよニンニン!」
「あの人、すぐベタベタ触ってくるから苦手なんですよ……」
「私は砲手担当なので……」
「ご覧の通り、未熟者ですので……」
「倒れた所、助けてくれたんだってね。 ありがとう。
でも、君には格好悪い所見せちゃったし…… 足手まといになりたくはないです……」
ディグナ、レッパ、ピアにも断られ、クロトは途方に暮れる。
もう諦めるしかないのか……
「心配しなくても、この怪我でそれどころじゃないですよ」
「はい。それならよろしい」
「私は別にいいんですが…… 皆に断られてクロトさん可哀想じゃないですか……」
「ダメです。 断りなさい!」
「はぁ…… このクソ姉貴と来たら……」
「もう自分から押しかけたらどうだ……
言いたくはないが、いい加減皆の迷惑になっているだろう……」
「ぐぬぬぬぬーーーー!
絶対クロト君の方から誘わせようって思ってたのに!」
「ごめんな、クロト。結局こうなっちまった……」
「はぁい! また一緒に頑張りましょうねぇ~~~~!!」
「何この女」
「すまない、ウチの姉貴がこんなで、本当にすまない……」
結局、過剰接触お姉さんカイネンと、そのお目付け役として世話焼き男勝り妹のパスクリがクロトと同行する事になった。
ダルパンの危機感は増すばかりだったが……
ともあれ、これで「世界の果て」への案内役は決まった。
様々な勢力との橋渡しを行っているという謎の都市、「世界の果て」。
クロトにとって全くの未知であるその都市で、一体何が待っているのか……
<続く>
注意:当ブログの記事内の設定はKenshiの公式設定とは異なります