総員突撃。
待ちわびた号令を受け、特務隊全軍が敵本拠点へと向かって突撃する。
第五部:決戦編⑨ 最終決戦(前編)
兵舎の数が多い。
8つの兵舎にそれぞれ4~5人ほど詰めているとして、敵本拠と合わせて50人は駐屯しているだろう。
おそらくは、それ以上。
敵は魔境に生きる精強なる軍団兵。
対するこちらは、100人の兵力のうち半数が素人で占められた特務隊。
総力と総力をぶつける戦いでは到底勝ち目が無い。
「狙うは大将首ただ一つ! 進めえぇぇーーーーーッ!!」
声を張り上げるクロトと共に、全軍が猛突進を仕掛ける。
数名の敵兵が気付き、こちらに向かってくるが、委細構わず突っ走る。
敵兵がクラブレイダーと戦闘を行っている隙を突き、拠点外部の兵力を完全に無視。
本拠点で敵将エルダーを倒す事のみを考える。
これが、作戦会議で予め決まっていた作戦だった。
初動に全てが掛かっていると言っても過言ではない。
鬨の声を上げる事もなく、黙したまま敵城に突入。
(どこだ! どこにいる!!)
全身の感覚を研ぎ澄まし、一瞬の間に屋内全域に目を走らせ、その所在を探る。
いない。
珍妙な仮面を身に付けた人間兵ばかり。
スケルトンの姿は無い。
と、言うことは……
(上か!!)
クロトは敵兵に向かわず、階上に向かう斜路へと走る。
隊員達もその意図を分かっているため、黙ってそれに続く。
その間、僅か数秒。
「敵襲!! 敵襲ーーーーーーッ!!」
敵兵が動き出す前に、クロト隊本隊を無傷で階上へと送り込むことに成功。
ここまでは作戦通り。
後は、数で囲み、射撃火力を叩き込むだけ……
「ダルパン! グリーン!」
「了解!」「ああ!」
誤射を恐れて今まで封印していたスプリングバットに装備を持ち変え、部隊最強の火力を解き放つ。
「射手は先行してポジションを取れ!」
「前衛! 総力で敵を囲め!!
戦闘開始!! 掛かれぇ!!」
「敵襲だと!?
貴様ら、何処に目を付けておったのか!!」
スケルトンにしては、神経質で感情的な叫び。
これが、敵将・エルダーか。
「当たった! ……浅いか!?」
スヴェアの刀がエルダーに命中するが、鋼鉄の肉体相手では効果が薄い。
「チィッ……」
ダメージは僅かだが、先制攻撃は通じている。
(このまま圧倒して終わらせてやる……!!)
気色ばみ、裂帛の気合でエルダーへと迫るクロト。
「雑魚どもが、私一人を狙えば勝てると思っているのか?
ククク…… 甘い、考えが甘いぞ、剣士どもめ!!
此度の観測対象、なんと非力な事か!
失笑を禁じ得ぬな!!」
エルダー(長老)。
「有り得ない…… なんだこれは!?」
「報告は正確に!」
「おかしい…… データより一回り強い!?
これは…… これは、「長老」ではない!?」
「報告をしろ! コスチュニン!」
「推定レベル8! 繰り返す、レベル8!
7ではない! 全隊、覚悟を決めろ!!」
流暢に、感情すら込めて叫ぶコスチュニン。
その叫びの意味する所は、ただ一つ。
敵は、予想より一段上の強敵。
「それが……どうした!!」
叫んで、敵将に肉薄。
この距離なら誤射の恐れはない。
ダルパンのスプリングバットが、痛撃を加える。
「貴様! 閣下によくもっ!!」
「ぐっ!! あっっ!!」
が、火力、届かず。
今まで戦って来た敵とは、格が違うと言う事か。
「フム……」
損傷具合を確認するように、頭をグリグリと振るエルダー。
「覚悟の程は伺えるが、やはり非力……
さて、それでは……
楽しませて貰うぞ、ニンゲンッッ!!」
重装鎧を切り裂く程の轟音。
一薙ぎで、囲んでいた隊員達が弾き飛ばされる。
「曲者め!! 閣下を守れ! 囲めぇっ!!」
「紛い物の悪質な劣等種どもめが!
我こそが神なるぞ! 身の程を知れぃ!!」
螺旋階段状の細い通路に敵味方の兵力が密集し、たちまち大混乱となる。
前衛兵力が敵将に攻撃を集中出来たのは、ここまでが限界だった。
「可能な限り攻撃を敵将に集中しつつ、各員敵兵への対処を!!」
何人数を揃えようと、一度に攻撃を行う事が出来る人数は限られている。
狭い屋内では尚の事、数の優位を活かしづらい。
敵は既に奇襲の狼狽から立ち直っている。
このままでは……!!
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
「フハハハハハハハハ!!!」
鮮血の華が咲き、仲間達が苦悶の叫びを上げる。
前衛が崩され、無防備な射撃部隊の前へと、通り道がこじ開けられる。
「射撃隊! 距離を取れ!
僕達で支えている間に、もう一撃を!! ぐっ! クソっ!!」
瞬く間に形成は逆転していた。
突入して来た敵兵が坂道を確保。
特務隊の新兵達は階下に押し戻され、クロト達の本隊と分断されてしまっていた。
「クロト! どうする! 指示を!!
どうした!? 隊長っ!!」
敵兵の戦闘力は予想を遥かに上回る物だった。
スケルトン流で言うなら、レベル7。
クロト隊の戦力は、最も優れたクロトとコスチュニンでさえ、レベル6止まり。
敵精兵に囲まれ、真っ先に狙われたクロトは、敢え無く昏倒する。
特務隊は、既に数ですら圧倒されつつある。
頼みの綱だったグリーンとダルパンも、倒れる度起き上がってはいるが、敵に殴られ、火力を発揮出来ないでいる。
援護が望めないなら、自分達でなんとかする他無い。
ダルパンに習い、果敢に射撃を加えようと踏みとどまる弓兵隊。
彼女らを守る前衛は、既に無い。
「フハハハハハハ! 死ね!!」
強者の振るうメイトウの切れ味とは、ここまでの物なのか。
「あ…… 私……? あ、れ……?」
「こんな、事なら、わ、たし…… もっと、す、なお、に……」
「閣下、ご無事ですか!」
「なに、大した傷ではない」
「ぐ…… きゃあぁぁっ!!」
敵が白刃を振るう度、次々と仲間が倒れていく。
「クソがぁぁっ! 好き放題やりやがってぇ!!
ガッ!? ぐほっ……」
フルスイングの一撃を喰らい、エリスの巨体が吹き飛ぶ。
「弱い! 弱い! 弱すぎるぞ、貴様ら!
剣士とはこうも弱いものだったか!?
拍子抜けに過ぎるぞ!」
「くそっ…… 支えきれん! グハッ……!」
クロトが倒れ、エリスが倒れ、ハムートもそれに続く。
明らかな劣勢。
だが、退くことすらもう出来ない。
建物の内も外も、とっくに敵兵に囲まれている。
スケルトンの戦闘継続能力は、人間より高い。
装甲の修復すらも、既に始まっている。
ダルパンの加えた痛撃から立ち直られる前に、その急所を狙い、なんとかもう一撃を加えなければ……
勝機はそこにしかない。
当初の作戦通りだ。
何を迷う事がある。
「このままでは0点だ!
当たれ! 当たれ! 当たれぇぇぇぇ!」
「無理をするな! 私が行く! 距離を取れ!」
グリーンとダルパンに次ぐ火力を持つのは、シルバーシェイドだ。
細かく後退しながらなんとか一撃を入れようとしているが……
このままでは危ない。
盾になってでも、と、ミウは必死に追いすがった。
結局、シェイドの矢は狙いを外したが……
そのまま、ミウの背後の敵兵を射抜いた。
「やるじゃないシェイド! っッ!!」
が、次の瞬間、エルダーの連撃がミウを裂く。
たまらず、ミウはその場に倒れ込む。
配下の兵が群がり、容赦のない追い打ちを掛ける。
ミウの絶叫が城内に響く。
乱戦を制し、階下と階上を往復するようにして、前衛にも後衛にも躍りかかるエルダー。
無双。
好き放題に人間を切り刻む、暴風。
「人間を…… 舐めるな!!」
階下に抑え込まれていたグリーム隊・ホッブズ隊が肉薄し、エルダーに痛撃を加える。
非力と思われていた二軍戦力による、大金星。
ピカリングか? チャドか?
誰が入れた2撃なのかも分からない、混戦の中の奇跡。
「ぐ…… むぅ……!?」
「舐めるな、だと……?」
「その言葉、そのまま返してくれるわ!!」
フルスイングがまた大輪の紅い華を咲かせ、グリーム隊所属のベールが戦死する。
「グワハハハハハハハハハ!!
グェァハハハハハハハハ!!!
グラァーーーーハッハッハッハハハハハハハァー!!」
狂ったように哄笑を迸らせながら、エルダーのメイトウ九環刀が竜巻の如く舞う。
大乱戦の中で、次々と仲間達が倒れていく。
エルダーの猛威に切られ、叩かれ、踏みとどまる事の出来る者は多くない。
坂道から叩き落とされた隊員達を、配下のスケルトン盗賊が囲み、追い打ちを掛ける。
坂道を下っても、退路は無い。
退くも地獄。
留まるも地獄。
「立て! グリーム! ハウンズの魂はその程度か!」
パスクリとカイネンが造った侍鎧は頑丈だが……
いかにカンの防具職人としての技巧が優れていようとも、皮防具で防ぎきれる攻撃ではない。
二軍戦力の軽装隊員はバタバタと倒れて行く。
狂気の一撃を受けて、踏みとどまれるはずもない。
グリームもまた、坂道から階下へと転落しかけていたが……
「ケ、ケケ…… 野良犬にも野良犬の、誇りって、モンが…… ね……」
すんでの所で意識を取り戻し、坂道の端を掴み、グリームが戦線に復帰する。
「誇りで刃が止められるものか!
害虫めが!! 叩き斬ってくれる!!」
無慈悲なる追撃。
(あ…… そっか…… アタイ、も……?
チッ、今更、だ、ねぇ……)
一つ舌打ちを残し、グリームが死んだ。
用意した「数」が、通用しない。
エルダーがサーベルを振り回す度、兵の数が、命が、削り落とされていく。
「フェルン…… あなた、は…… 生き……て……」
ホッブズ隊のベズボロドヴァ、戦死。
スクイン隊のドリル、戦死。
立って戦い続けている者は、もう多くない。
この限界を越える戦いにあって、持久力を発揮出来たのは、やはりスケルトン達だった。
「こっちだ! スケルトン!」
「おお、今イクゾ!」
本来ならば天敵同士であったはずの、浮浪忍者とスケルトンの共闘。
それは、世界のあるべき形を映す、美しい姿であったはずだ。
「私に…… 構うな! 今だっ!!!」
スヴェアが叩き斬られたその一瞬、エルダーの背面に隙が生まれた。
ベッカムとバーンは、その一瞬に殺到する。
「甘いわ! 雑魚めが!!」
振り返りざまのメイトウの一閃。
エッジ等級ですらない、店売りの量産品の刃が、それを迎え撃つ。
交錯する戦刃が、互いを斬り合った。
2人で放った一撃は……
エルダーの急所を、貫いていた。
ダルパンの一撃、二軍部隊の連撃、スケルトンコンビの同時攻撃……
その全てが、狙い違わず同じ傷口を打ち抜いた。
人間の信念が
弱き者の意地が
地獄を生きて来た者達の誇りが
奇跡の如く現実を貫いた
「とどめを……! はや、く……!」
「お、おう……?」
「無論ダ!!」
なぜか一瞬躊躇したバーンを押しのけ、ベッカムがエルダーの外装を取り外す。
指先を手刀の形に揃えると、迷うこと無く、頭脳中枢、AIコアを破壊する。
「敵将、討ち取ったぁッ!!
撤退!! 撤退ぃぃぃぃ!!」
喉から血を迸らせながら、スヴェアが叫ぶ。
スワンプ仕込みの警笛が響く。
作戦完了、撤退の合図。
倒れた者の救助は後でいい。
逃げられる者から、一心不乱に逃げ出す事。
クロトに成り代わって指示を発した後、仲間達の撤退を見送りながら、スヴェアはその場で意識を失った。
予め定めた通りの行動だった。
エルダーのAIコアが停止すると同時に、唸りを上げていたアイアン指揮所の設備もまた、停止していた。
ドクターとサヴァンが睨んだ通り、エルダーの自我と、城の中枢機能は連動していのだ。
この上もう、命を賭けて踏みとどまる事など不要だった。
もう、この城の中枢から、天空高くへと送信されていた邪悪な指令は、止まった。
もう、Z-レイが発射される事は無い。
勝利だ。
特務隊は勝利した。
世界は救われたのだ。
だが……
クロトの戦いは、まだ、終わらない。
<続く>