「ホイよ! ワシに任せぃっ!」
6人の新メンバーを抱え、漁村を出発してから、初の遭遇戦。
敵は既にあちこちボロボロになったハイブ型ゾンビ一体。
ホッブズが先頭を切って斬りかかり、問題なく片付けられ……
はしなかった。
「ホッブズさん! そちらから新手!」
「おおっと、油断大敵かの!」
「こっちは吾輩に任せよ!」
「かっかっか! ウチ楽な方で良かったき!」
「畳み掛けるぞい、兄弟!」
「「忍ッ!!」」
「ウチらも負けとられんね! いいとこ見しや!」
「ウム……」
気心の知れていない者の寄り合い所帯。
どうなる事かと心配だったが……
ピカリングの見立てに間違いは無かったようだ。
6人とも上手く仲間と打ち解け、なめらかに連携を取っていく。
三体のゾンビを倒し終え、手傷は僅か。
幸先のいい緒戦となった。
「ホッホッホ! ワシもまだ捨てたモンじゃないのぅ!」
「なに、先手を取れてさえおれば吾輩も負けてはおらんかったわ!」
「みんな大怪我なし! 良かったね、クロト!」
「ああ、良かった……!」
……その戦いから、時間を少し遡る。
「おおぉぉぉぉーーーーーぃ!」
「待ってくれぇぇぇぇぇ!」
デッドキャットの漁村を出発してから間もなく、背後から追ってくる声が2つ。
「あれ……? お二人は、初対面ではない……ですよね?」
「「ウム!」」
クロトは、村に着いたばかりの時の事を思い出していた。
初めて酒場に入った時の、あの厳しく人を誰何する眼差し……
「拙者、ポグ村の衛士、トゼッリ。
こちらの小さい方が、兄者のアイメルトでござるよニンニン」
「小さい方とは何だ! 兄に向かって! 忍ッ!!」
漁村の兄弟衛士 "デッドキャット" アイメルト&トゼッリ
(なんか輪を掛けて変な人が来ちゃったなぁ……)
……と、旅立ちの直後、クロト達を追って、無理やり押しかけるようにして仲間に加わって来た兄弟、アイメルトとトゼッリを一行に加え、部隊は9名にまで膨らんでいた。
幸い漁村で安価な干し魚をたっぷりと仕入れて来ているため、食料に不安は無い。
クロトはあまりに怪しいこの二人を訝しみつつも、受け入れる事に決めた。
「自己紹介がまだでしたね。僕は一応、隊長を務めている……」
「あいや、我ら、酒場で全て聞いておりました故、挨拶は無用にごさるよニンニン」
「ウム。我ら兄弟、衛士としての身体能力を失い、途方に暮れる日々であった……
皆の勇敢な旅立ちを見て、我らも続かねばと意を決したのでござるよニンニン」
(ニンニン……?)
「とにかく、人数は増えても、僕らの肉体は弱りきったままです。
危ない時には無理をせず、逃げる事を優先してくださいね、皆さん」
「応。シェクである吾輩に言っておるのだろうが、心配は無用ぞ。
猪突猛進の輩であれば、国元を離れて宝探しの夢なぞ追っておらんからな!」
馬は、力押しする事こそが正義と信じるシェク人にしては、物分りも良く、気さくで、接しやすい人物だった。
新たな仲間達の輪を乱す原因になるかと心配していたが、むしろ、人生経験豊富なホッブスと揃って、皆のまとめ役を買って出てくれている感さえある。
有難い限りだ。
「まずはハイブ村、でしょうか? クロト様、エリス様」
「はい。 着実に、村から村へ、最短距離で辿り着ける休息地点を……
あれ?!」
「フフ、そのお顔、言いたい事は分かりますわ」
パウムガルトナーに、髪が生えていた。
「パム、かっこいい!」
「ええ、頼れる大人って感じです!」
「あら…… 2人とも、ありがとうございます」
奴隷用の髪剃には、人の毛根の活動を抑え込む効力があると聞く。
最後に頭を剃られてから、随分と時間が経過している。
剃髪を維持するその効力が薄れ、ようやく毛髪を取り戻せた、と言った所なのだろう。
物腰から、もっと大人しげな、長髪で、女性らしいタイプなのかと思っていたが……
せっかく再生してきた髪をあえて短く刈り、後頭部だけ長く編んだスタイル。
意外に行動的なタイプなのか、と、クロトは少し驚く。
「お二人も、少しは休息を取っておいてくださいね?」
そう言って微笑む彼女も、顔に血の跡が残っている。
たかがあの程度の敵であれ、ある程度のダメージは受けてしまう。
やはり戦闘は極力避けて進んだ方が賢明か。
「怪我、だいじょうぶ?」
「ええ、ありがとうございます。 フフ、心配性ですねエリス様は。
もう塞がっています。これくらい何ともありません」
「ふぁ、よー寝た。 ……ん、怪我も治っとるわ」
「それがしも、問題、無い」
「それでは、行きましょう、皆さん!」
皆いい人そうだ。
旅は順調。
クロトは、前向きな気持ちになっていた。
第一章:大砂漠編⑨ 大砂漠北岸・帰路
「海じゃ海じゃ! やっぱ潮の香りはええのう!」
「フォフォ、ソマン殿、漁師町を出たがっとったが、やはり故郷は憎めんと言う事か」
「お主ら、妙な方言を使っておるが、北西の民は皆こうなのか?」
「んぇ? そ、そんな事無いで?」
「無いでござる……」
「ウム。我ら特定の方言を有しているワケではござらぬよ。ニンニン」
「……ま、まあ良い。吾輩も変わり者度合いでは他人をどうこう言えぬしな」
いつでも海中に逃げ込める海岸線を伝っての移動。
一行はいつものルートを通り、北海岸を東へと向かって走る。
「皆さん、声を殺して警戒を。
カニバルの集落です」
「!!」
「了解じゃ」
一同に緊張が走る。
漁村への道中、避けて通ったカニバルのキャンプ地は、依然として同じ場所に残っていた。
が……
戦いもまた、果て無く続いていたようだ。
ゾンビの唸り声と、カニバルの雄叫び。
この世の物とも思えぬ醜怪な音をぶつけ合いながら、両者は果てる事の無い戦いを繰り返している。
どうやら、戦いはカニバルの優勢で進んでいるらしい。
が、未だ決着は付いていない。
駆け抜けるなら今。
一行は海に退避する事なく、一気に北海岸を走り抜けた。
そこからは、時折ゾンビや反乱農民に見つかり、襲われそうになる場面もあったが……
走り続けて振り切れる程度の距離であり、危なげなく旅程を進める事が出来た。
「クロト殿は南西の故郷を目指し、ワシらは北西で伝説のお宝を目指す……
残念じゃが、そう長く一緒にはおられんのう」
「北西のお宝! 何それ!」
「北西部にそんな伝説があるんですか?」
「はっはっは、エリス殿もクロト殿も男の子じゃのう!
冒険話には皆そうやって食いついて来おる! よきよき!」
「どうでしょうか? 皆さん、ドーセル村という名に心当たりは?」
「ウチら田舎モンに聞かれたかてなぁ」
「・・・・・・・・・」
「ニンともカンともでござる」「忍!」
「探検家のお二方も同様ですし、困りましたわね……
やはり、南西の地理を調べるには、国を頼るか、テックハンターの方々にお願いする他ありませんか……」
「どっちにせぇ、金の掛かる話じゃの!」
「ええ、まったく……」
「見えました! あれがバスティオン砦です」
「カニバルハンターのぅ…… いずれゾンビハンターなんて職業も出来るのかの」
「元が普通の人間ですと、カニバル相手よりやりにくいかもしれませんね」
「感染にビビッとる連中も多いけん、ウチらみたいな物好きしかやらんのじゃないけ?」
砦の脇を通る際、ゾンビに襲われる旅人、それを助けるカニバルハンター、という光景も目にした。
いずれ、世界中が結束してゾンビに立ち向かう事が出来れば……
いつか、その全てを駆逐し、世界が元に戻る事もあるのかもしれないな、と、見知らぬ誰かのために戦うカニバルハンターの姿を見て、そう感じさせられた。
「そろそろ……」
「あっ! みんなぁ! 見えたよぉ!」
「ほほう、あれが」
「変な…… 形……」
「カカカ、そびえ立つクソ、などと言われる事もあるのぅ!」
「失礼ですよ、ホッブズさん!
皆さん、着きました。 あそこがハイブ村です」
「ここまでくれば安心だよねぇ!」
「ハイブソルジャーの皆様、頼りになりますものね」
「では、買い出し組は雑貨屋、休憩組は機械屋で寝袋、と言う事で」
「了解」「はい!」「心得た」
「はー、どうなる事かと思たけど、案外なんとかなるモンやな!」
「外、もっと、怖い所と…… 思って、いた……」
「ソマンさん、グリフィンさん、気を抜かないで。ここは、村近くにもスキマーが……」
「!!?」
「クロト殿!! ゾンビでござるよ!忍ッ!!」
「バカな! 吾輩も、お前達も、ぬかりなく見張っておっただろう!」
「ワシゃ、見たぞ…… こやつら、土の下からボコボコと出て来おった……」
「そんな阿呆な! こんな時にいつもの冗談はやめんか!」
「ウソでは無い! ほれ! まだまだ来るぞ!!」
「!?!??!」
一瞬の出来事。
決して油断でも、見落としでもない。
突然、目の前にゾンビの大群が湧いて出る。
「まさか…… 埋葬されていた人達、が……?!」
「考えるのは後! 逃げましょう!」
「ええのか!? 流石にこの距離では逃げ切れんぞ!」
「殴られながらでも走って下さい!」
「クソッ! これで吾輩も無茶のしようが無いが……
しんがりは任せよ!」
「馬鹿野郎、鎧が重くて逃げ足が遅いだけじゃろーが!
格好つけおって!」
「いいから全員、全力疾走せい!! ……ぐガぁッ!!」
「ぐっ! おのれ!!」
敵はまず馬とホッブズに狙いを定めた。
「ぐぬぅ! ま、まだ走れるぞい!」
「吾輩は頑丈だから良いっ! そこの姉さんを……!!」
「きゃああぁぁぁぁっ!!」
パウムガルトナーが足に一撃を喰らい、動きが止まる。
「パム姉さん!! お姉さんっ!! うわあぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」
「エリス殿! それは無茶じゃぞ!!」
「あ、ああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
足を2度斬られ、動きが止まった所で、背中をバッサリと斬られる。
軽装のパウルガルトナーは逃げ足が遅かった訳ではない。
たまたまゾンビの視線の先、狙われやすい位置にいたというだけだ。
不運。
ただ不運だったというだけで、危機警戒意識が人一倍高い彼女が、真っ先に倒れる事となった。
人を喰らう、動く死体の大群、その眼前に、一人。
意識を失い、動けなくなった。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! そいつは、俺が、助けるっ!!!!!」
襲って来た敵はクロト達の方に向かっていたし、大群の殆どはハイブ村に向かって歩き続けている。
それは、言うほど無謀な事ではなかったのかもしれないが……
命がけの勇気であった事に違いはない。
雄叫びを上げ、ゾンビの群れの中へと駆け戻ると、エリスはパウムガルトナーを担ぎ上げる。
運がいい。 連中は前しか見えていない。
すぐ横にいるエリス達の事は気に留めていなかった。
この幸運がいつまで続くか。
一刻も早く彼女を治療しなければ。
エリスはクロト達の後を追う。
ビュォッ……
その時、天は彼らに味方した。
突然の砂嵐。
視界は瞬く間に砂塵に覆われ、仲間の背中を追うのがやっと。
「あはははは! 助かった! ウチら、ツイとるで!!」
「全員! 機械店の看板を目指してください!」
何度か攻撃を喰らいながらも、必死の勢いで走り続け、全員が無事ハイブ村の建物の中に転がり込み……
ここでようやく止血する事が出来た。
パウムガルトナーの顔色は良くない。
随分と血を流してしまったようだ。
それに、この状態だと、右足はしばらくの間使い物にならないだろう。
「これは…… すぐここを出発するってワケにも行かないですね」
「隊長殿の傷も浅くは無い。 お主も休んだ方が良いな。
なに、吾輩の方は大した怪我ではない」
「すみません…… 引き続き、警戒を続けて下さい……」
「任せておけ。
この嵐じゃ。そう遠くまで見通せはせんが……
それはヤツらも同じじゃろうてな」
「うぅ…… それがし、ただ農業をしたかっただけ、なのに……」
「諦めるんはまだ早いき! ウチらはツキにツイとる!
旅はまだまだこれからよって!」
自分をなだめるように、精一杯の強がりを見せるソマン。
砂嵐の向こう、一寸先の闇の中、ゾンビの大群が押し寄せて来ているのではないかという恐怖。
故郷を離れ、旅に出た直後でこんな目に遭ったのだ。
まだ自制心を保てている方であろう。
「兄者、風が収まりつつあるでござるよニンニン」
「ウム、我ら兄弟で偵察に出るとしよう。 忍ッ!!」
アイメルトとトゼッリが、慎重に戸口から外へと様子を見に出ていく。
「フム…… 村の周囲に敵影無し。ニンニン!」
「砂嵐のお陰で進行方向が変わってくれたでござるかニンニン!」
「忍ッ!? 兄者、あちらの丘の上に!」
「ハッ…… いかん! これは偵察している場合にござらんぞ! 忍ッ!」
青ざめた顔で、二人は機械店の小屋へと駆け戻る。
「総員、脱出! 今すぐ村を出るでござるよ! 忍ッ!!」
「おや、貧乏臭いノーハイブの集団が来たかと思えば……
今度はえらく数が多いな」
「えへへ、ノーハイブのキャラバンはよく建材や魚を買い込んでくれる。
今日はかなり稼げそうだな!」
真夜中。
ハイブの巡回要員は未だ異変に気付いていなかった。
砂塵に阻まれ、見通しが悪すぎた。
当直の兵士や労働者達も、当初それが何であるか気付く事が出来なかった。
まさか、村の目と鼻の先、丘一つ隔てた斜面の反対側に三桁にもならんとする大群が突然に出現しようとは、夢にも思わなかった。
村で人生を終えたハイブ達。
村に押し入ってきた野盗達。
野盗やスキマーに殺された犠牲者達。
行き倒れた旅人達。
そうした、この地で命を落とした者達を、ぞんざいに埋めていった、塚。
おそらく、そこはそういった場所だったのだろう。
生者が変化するだけではない。
死者もまた、変化を起こすのだ。
砂地を蹴る、パタパタと軽いハイブの足音。
そこに、骨をかじる硬い音が交じる。
やがて、砂地を蹴る軽い音は響きを増し、厚みを増し、夜を弄して肥大化していく。
エリスが意識を失ったままのパウムガルトナーを担ぎ上げる。
もう一刻の猶予も無い。
息を潜めつつ、ほうほうの体で夜の砂漠へと駆け出していく。
ここはもうダメだ。
ハイブ村は、もう、助からない。
沈む船から逃れるように、クロト達は夜闇に飛び込む。
やはり、彼らは最悪の状況に見舞われようと、それでもツイている方と言えるか。
再びの砂嵐。
闇と砂に隔てられた向こうで、村が地獄と化していく。
ハイブ村の末路がどうなるか、それを見届けて行くような暇は無い。
ただただ、走り続ける。
重鎧を着ている馬と、パウムガルトナーを担いだエリスの足は遅い。
三人が取り残される形で、どうなる事かと危ぶまれたが……
ゾンビ達は全員、ハイブ村へと進路を取ったようだ。
「包囲、されて…… ましたよね!?」
「前からも来ておったのぅ」
村の直近、南から湧いて出た大軍団が村を目指して北に歩き出し……
クロト達は南からゾンビを追い越すような形で走り、村に逃げ込んだ。
だが、ゾンビ達は砂嵐に乗じて転進し、村の襲撃には向かわず……
次に姿を現した時には村を包囲する形で方々から突っ込んで来た。
まるで、戦略を持って動いているかのように。
(考えるのは後、だろ!)
そう自分に言い聞かせ、皆を北へ……
海岸へと誘導する。
まだ全員の止血すら終わっていない。
エリスは怪我をしたままパウムガルトナーを担いで走っている。
一度砂浜で休憩を取り、それから最寄りの…… ポートノースを目指すか。
と、戦闘の気配。
ゾンビでは無いようだが……
巻き込まれたくはない。
戦闘を横目に、まっすぐに海を目指して駆け抜ける。
あれは……
反乱農民が、スケルトンと戦っている……?
こんな時に、何をしているんだ、あいつらは。
いや、ハイブ村がどうなっているのか、あいつらは気付いていないのか。
どうでもいい。
それよりも、今は生き延びる事だけを考えなければ。
尚も吹き続ける砂嵐も、今はありがたい。
暴れ回る反乱農民達に見咎められる事もなく、無事海岸線まで辿り着く事が出来た。
「フゥ、ハァ…… や、やっと休めるのぉ~」
「皆さん大丈夫ですか! 傷の手当をしましょう!」
ここからなら、いざとなったら海に逃げ込める。
ようやく一息ついて治療を始める事が出来る……
と、皆の緊張を解こうとしているのか、ホッブズが冒険の旅を語って聞かせ始める。
「……とまあ、ワシと馬殿は互いの追う伝説が北西の遺跡に眠っていると、そう確信したワケじゃよ。
嘆きの幽霊の物語は本当だったんじゃ!」
「ええい、話を盛るのをやめぬか!
だが、吾輩は確かに、その「嘆きの幽霊」とやらを見た。
城を守る巨獣。一度は戦いに破れ、吾輩は撤退せざるを得なかった……」
ホッブズと馬の語るデタラメな冒険譚は、しかし、それでいてなぜか皆を落ち着かせるものだった。
時にソマン達を怖がらせ、時にエリスを大笑いさせる。
酔っぱらいの戯言と切り捨てる事もできない、奇妙で魅力的な語り口。
「で、じゃ。ワシはそこで発情期の巨大なゴリロと出くわして……」
「それが、この海岸での出来事じゃったと言うワケじゃ…… おお怖い怖い!」
「ば、場所がここかどうかはともかく、警戒を怠るなって教訓になる話、ですね」
「なんや? 隊長はん、ビビッとるんかぁ~?」
「そ、そんな事ないですよ! 常に周囲を警戒するのは旅の基本でしょう!」
「全くだ。
肥え太った旅人が夜中に灯りをつけてじっとしているなんてのは、警戒が足りていない証拠だぜ」
「そうですね…… ランタンを消さないと……って」
「「誰だお前!!」」
いつの間にか見知らぬ女が傍らに立ち、一緒にホッブズの話に聞き入っていた。
反乱農民。
旅人の食料を奪い取る、反乱農民達の襲撃だった。
無防備に襲いかかられる前に僅かな時間を稼げたのも、ホッブズのホラ話のお陰だろうか。
「海に飛び込んで!」
「あわわわわ!!」
慌てて海中へと逃げ込む一行。
だが、海岸の重く冷たい波が足に絡みつき、思うように進めない。
両手を使って泳ぐ深さにまで達しなければ、敵の攻撃から逃れる事は出来ない。
水に足を取られている間に、ホッブズが思いきり殴られ……
そのまま意識を失い、彼は波打ち際に浮かび上がる。
「生きとる、で、気にせず……行げ……ゴボガボブクブク……」
殴られつつもなんとか海に逃げ込み、やがて、反乱農民達は諦めて引き返して行った。
「し、死ぬかと思ったのぅ……」
「みんな、もうヘトヘトだよ…… 早く町へ行こうよクロト……」
「そうだな……」
(やっぱり、直接ショーバタイに向かうだけの余力はもう無いか……
真っ直ぐ任務達成に向かいたかったけど……)
生き延びる事が最優先。
一行は、最も近い都市、ポートノースを目指し、海岸線を東へと向かった。
「砂、砂、砂…… もううんざりや……」
「うぅ…… こんな所じゃ、農業、出来ない……」
漁村で育ったソマンとグリフィンにとって、大砂漠の行軍は精神的に応えるものだったようだ。
せめて、町に着くまで気晴らしでも出来ればいいのだが……
「ホッブズさん、先程の話の続きが聞きたいのですが」
「ん? 何の話じゃったかの?」
「ほら、北西には伝説の亡霊が、って……」
「伝説……??」
「え?! 貴方は、海岸で嘆きの亡霊の話を……
目がトリュフのような形だったとか何とか……」
「知らんな。 何じゃ? そのバカ話は」
「えぇ……?!」
「クロト殿、ホッブズ殿はちと、物覚えに難があってな。
耄碌するには少々早い気もするが、仕方あるまい。
吾輩も、真実と、そうでない部分を分けて考えるようにしておる」
見た目より年寄り、との話だったが、そこまでだったのか?
真実味のある話が混じっているだけに、何やら引っかかる所もある。
なんとも落ち着かない、腑に落ちない気持ち悪さがある。
……いや、酒場の酔っぱらいの物語など、本来そのような物か。
今そこを追求しても仕方あるまい。
海岸線を歩き続け、ようやくポートノースの町が見えてくる。
「パム、早く寝かせてあげたい……」
「酒場はまだ営業できてないままかもしれないけど、ベッドは使えるから……
皆さん、後少しの辛抱ですよ!」
と、海岸線からポートノースの正門側へと回り込もうとした、その時。
また、である。
砂丘を下り、町を目指すゾンビの群れが目に入った。
かなりの数の一団と、その背後からさらにもう一団。
この数…… 町の衛兵で防ぎきれるだろうか……
「確か、ピカリングさんに聞いた話だと……」
ポートノースの防壁には一部海面下に水没した所があり、海中から町へと侵入する裏口が存在するらしい。
隠密の者しか知らないその方法でなら、激しい戦闘が予想される正門側を避け、町の中に入る事が出来るかもしれない。
「この町には、海から町に入れると聞きます! 海中に逃げ込んで様子を見ましょう!」
クロトの指示に反論する者はいない。
昨夜のハイブ村の出来事が、皆トラウマ同然となっている。
迷わず全員が海へと飛び込んでいく。
そうして、一行が遠くから様子を伺う一方で、ゾンビ達はジワリジワリと町へと接近して行く。
ポートノースは、奴隷商人の町だ。
監視の者が奴隷を罵倒し、殴り、強制労働をさせている、いつもの不快な風景。
それどころでは無い時が来ても、それは簡単には変わらない。
やがて衛兵達が必死の防戦に出ている間も、奴隷監督達は尚、奴隷を殴り、作業を継続させようとしていた。
「あれ…… ウチでも分かるで。 持たんやろ……」
「逃げた方が、いい、かも……」
海から泳いで周り込もうとする、その間にも、戦線は正門の方へとどんどん押し下げられている。
もう、宿で一泊していくどころの話ではない。
「撤退…… するしかないですね……」
海に入らせたのは判断ミスだったか。
早く皆を休ませたい一心で、動きを誤ったかもしれない。
クロトは自身の甘さを恥じる。
ポートノース市内では、異変を察した奴隷達の逃亡が始まっていた。
悪魔のような看守達が次々と倒れていく。
奴隷たちの間で歓喜の声が湧き上がるが……
足枷を嵌められ、泳いで逃げる退路もしらない彼らの出口は、ゾンビ達の集まった正門一つしか無い。
一体、何人が生きて逃げられるだろうか。
海中から上がったばかりの濡れた体に、砂混じりの風が吹き付ける。
また、町一つを見捨てて逃げなければならないのか。
力なき者の集まりでは、何も出来はしない。
今の僕達には、冒険も、正義も、ありはしない。
生き延びるだけで精一杯なのだから。
また、クロトは感情を押し殺し、旅を続ける。
3つ目、4つ目……
小さなゾンビの集団が、次々と稜線の向こうから姿を現し、それを避けて進むだけでも困難な脱出行。
口数少なく、重い足を引きずりながら、一行は砂漠を渡って行く。
次々姿を現す敵に道を阻まれ、大きく西へと押し戻されてしまった。
ここからは、南へ……
ショーバタイに辿り着ければ、任務報告を終える事ができ、故郷への旅にも出られる。
死んでたまるか……
生きて、故郷へ帰り着くまで……
剥ぎ取りのチャンスでも、今は戦いを避ける事を優先。
罠のように砂中に潜んだスキマーも、先んじて見抜く事が出来た。
身も心も、もう疲労の極みにあったが……
また、生きて辿り着くことが出来た。
ショーバタイ。
任務の終わる場所。
今日も、また、生き残る事が出来た……
<続く>