気刊くろみつタイムス

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#Kenshi s5+「外伝②:剣闘士奴隷」

 

シーズン5+ 第一章
ポートノース編 『剣闘士奴隷』

 

 

 

 

 

 

 

当時、ポートノースには奴隷闘技場があった。

 

建築途中で赤の乱が激化して、ずいぶんとみすぼらしく仕上がってるけど……

まあ、富裕層相手にデスゲームを見世物にするっていう商売は上手く行ってたんだ。

 

崩壊の日、きっかけになったのは……

 

本当に、剣闘士奴隷として呼び込んでしまった彼ら、なのかな?

 

自業自得って感じもするよね。

 

 

 

 


<ポートノース・奴隷闘技場・剣闘士控室>

 

 

 

「ほれ、いいもん持って来てやったぜ」

 

 

ヤブタは、檻の中のジョナサンとウマに酒瓶を投げ渡す。

「傷薬……と言う訳ではなさそうだな」

 

「そんくらいの怪我はすーぐに治っちまうぜ。
 こいつが、タックスの言ってたブレイカーってヤツだ」

 

「改良型の強化薬! 完成したのか!」

ジョナサンは訝しみ、ウマは歓喜の声を上げる。

 

「確かにこいつはレッドラムよりは安全だが……
 飲みすぎるとガキどもの二の舞だ。使う時ゃ一口だけにしとけよ」

「う、ウム……」

ウマとシュラもその惨劇を見てきた当事者だ。
危険性はよく心得ている。

 

「おめぇは、いらねーんだな?」

 

「必要無い。二言は無いさ」

反乱軍最強とも言われる女剣士、シュラ。

彼女とはどうも気が合わない。

こうまで芯が強い女は、どう弄ろうと楽しくはない。

フンと鼻を鳴らし、ヤブタは檻に背を向ける。

 

 

「僕にもくれよ」

肥満体の少年が陰気な声を上げ、手を伸ばしてくる。

が、ヤブタは三本目の瓶をヒョイと高く掲げ、少年の眼の前から離す。

 

「だめだ、こいつはシェク用に調整したモンだかんな。

 だが…… んー……」

 

ヤブタは、檻越しに少年の顔を覗き込む。

 

「おめぇには素質がある。
 度胸さえつけば一流になれる器だ。俺が保証するぜ、ケント」

「適当言うなよ…… 僕みたいな豚が……」

 

カナに拾われた当初はやせ細っていたものの、愛でられるうちブクブクと太っていったという。
寵愛を失った少年は、カナの人形から剣闘士奴隷へと身を落とし、こうして暗い目で生きていく羽目になっていた。

 

「俺が昔なんて呼ばれてたか知ってっか?」

そんなケント少年に、ヤブタは優しかった。

 

「野豚だ。
 奴隷のクセしてとにかく喰いまくる意地汚い豚だってんでな、当時の領主にゃそう呼ばれてた」

 

ヤブタ程の男でも奴隷だった事があるのか、と、ケントはしばしポカンとなる。

 

「剣斗なんて上等な名前、お前には似合わない。
 見てるだけの豚、見豚がお似合いだ…… だったか?」

 

カナからそう言われ、捨てられた。
以来彼の名はミルトンとなった。
剣闘士奴隷ミルトン。
それが彼という存在の今だ。
 
「ククク、そうさ。俺とお前はよく似てるし、可能性を感じる。
 俺もこんな声してっから、まあ、随分と侮られて来たがよ……
 へっ、ムカツク野郎は永遠に黙らせてやりゃいいのよ」

 

舌なめずりするような視線で、ヤブタはミルトンを見下ろす。

 

「お前の溜め込んだ、そのウジウジした怒りは、イイ。
 そういう野郎が、一番伸びんだよ」

 

実際に舌なめずりしながら、背を向ける。

 

「お前は、こっち側に向いてる。保証するぜ!」

 

「・・・・・・」

 

褒められているとはとても思えない嫌悪感を感じつつも、ケントはその言葉に救われた。

剣で斗う。

それが自分だと、覚悟を決める事は出来た。

 

 

「前途ある若者を悪の道に誘うな、忍者」

立ち去ろうとするヤブタに、ウマが声を掛ける。

 

「明日、斬り合う事になるかもしれねー相手だぜ?」

 

「こやつには素質がある。
 あの若さで3連勝しておるのは、ただの運じゃあない。
 一戦士として、どこまで伸びるか見届けたい、が……
 まあ、吾輩も黙って斬られるつもりはない。その時は手加減せんがな」

 

「どっちにしても勿体ねぇ。

 死ぬなよ、おめーら」

 

トーナメント形式の勝ち上がりで、残っているのは四人。

元・カナの奴隷、ミルトン。
同じく、元カナの奴隷で、反乱軍に協力している美剣士、ジョナサン。
そして、ポートノースに剣闘士奴隷として潜り込んだ反乱軍剣士、シュラとウマ。

彼らを脱獄させようともせず、大人しく明日を待っているのも、作戦のため。

 

「誰が勝ち上がろうが、反乱軍としちゃ構わねえって事だがなぁ……
 俺としちゃ、お前さんに勝ってもらいてぇトコだったりすんのよな!」

キキキ、と癇に障る声で笑う。

……シェク用に調整した、という言葉が引っかかる。

俺もまた被検体の一つに過ぎんという事か、と、ウマは眉をしかめる。

 

「こんな薬など必要無い。……と、言いたい所だがな」

 

薬瓶を握る手に力が込もる。

 

「吾輩も、……ジョナとシュラはともかく、あのカクタに勝てると豪語出来る程愚かではない。
 優勝した後で使わせてもらうとしよう」

 

剣闘士奴隷から市民権を得て生きのびるための道は、ただ一つ。
定期的に開催されるトーナメントで優勝し、カナの用意した最強の剣士……カクタ将軍に勝つ事で、初めて自由を認められる。
もっとも、作戦が上手く行けば、そうなる前に事態が動くはずなのだが。

 

「キキキ! だといいがな!」

 

「ハッ、明日になれば誰が一番強いか証明されるだろうさ」

「フン! 望む所よ!」

「お手柔らかに頼むよ」

世界を旅するテックハンターが、用心棒として赤の一族の村に雇われて、数年。
あくまで食客ではあるものの、反乱軍の重鎮となりつつあるウマ。
彼も、シュラの実力は良く知っている。

 

「何を持ち込んでもOKってのがルールだ。ヤバそうならその場で飲むといい。
 合言葉で発動するように出来てるからよ。一本飲んで、唱えろ」

 

ニヤリと笑って、告げる。

 

「認証コードは、変えとけ」

「レッド・ブルー・レッド、ブレイク。
 あんたがシェガーの血族ってのがマジなら、それで数分程度は耐えられるはずだ」

 

「母の魂とこの角に賭けて、真実だとも」

 

 

彼が国を捨てる羽目になったのは、シェク王国の政変のためであったが……
その誇り高き戦士の魂は、いささかも損なわれていない。

 

「吾輩も、こんな所で奴隷として終わるワケには行かん。
 国を捨ててまで追い求めた夢のために…… この切り札、ありがたく使わせていただく」

 

テックハンターの道を選んだとしても、その胸の中にシェクの火は残り続けている。

一人のシェク戦士として、最強の頂を目指す。
最強の仲間との対決など、願ったり叶ったり。

その頂点に迫るため必要な力であれば……
勝利のため、必要ならば……

 

 

 

 


 

 

<闘技場屋上 試合会場>


「なんだこりゃ?! エッジウォーカーの武器じゃねえか」

 

並べられた競技用の武器を見て、ポートノースの侍が声を上げる。
そこには、自分達でも持たせてもらえないような逸品が、何本も並べてあったのだから、その驚きも当然である。

 

「半分くらいは反乱分子からの没収品だってよ」

「つまり、テックハンターが遺跡漁って見つけて来たヤツか」

「それを使って反乱軍の剣士同士に殺し合いさせようってんだから、カナ様もいい趣味してるぜ!」

「こんなので斬られたら、タダじゃすまんぞ……」

「このトーナメント、敗者は生き残れない戦いになるかもな……」

「また剣闘士が減るのか? こうも人気剣士を使い潰されちゃたまらんぜ!
 次からどうやって稼ぐ気だ!」

 

侍達が嘆くのも当然。
過激なバトルショーが人気を博し、当初は興行として上手く行っていたものの、最近はその人気にも翳りが見え始めている。

理由は簡単。剣闘士達が次々を命を落として行くからだ。

剣闘士に許されているのは、衣服の着用のみ。
派手に血を流し、決着を長引かせないよう、防具の装備は禁じられている。
自然、剣士のレベルが高ければ高いほど落命の可能性は高まる。

反乱軍剣士達があっさりと剣闘士奴隷として潜り込めた理由も、その辺りにある。

 

 

 

「こんだけ監視されてちゃ、流石に無理だったねぇ」

「意地を張って暴れるから、試合前に手傷を負うんだよ」

 

警察署と呼ばれる建築様式の屋敷の屋上に用意された闘技場…… そこに、出番を控えた剣士達がいた。

くじ引きによって先に武器を選ぶ事を許された二名。

屈強な肉体の女偉丈夫、シュラ。
そして、細く引き締まった体にゆるく纏った白服の、鋭い美貌を備えた青年、ジョナサンである。

 

「元々剣闘士奴隷のアンタと違って、こっちは言いなりになるって事に慣れてなくてね。
 クッソ、決起前の事前工作は無理か……」

 

ポートノースの奴隷商人達は、帝国猟兵上がりの護衛を数多く雇っていて、クロスボウの装備率が高い。
興行前ともなればいつにも増して監視は厳しく、結局、こっそり抜け出して決起勢力と連絡を取り合う事は出来なかった。
最新の作戦指示が届かぬまま、潜入前の作戦通りに行動する他無い。

 

「カナは気付いているのかもしれないね。僕が決起に加わる事に。
 ……互いに潰し合わせた上で、最後にカクタに処刑させる。
 それで、反乱軍は優秀な剣士を三人失うのさ」

 

「しかも、それを見世物にして荒稼ぎしつつ、かい」

 

「実に効率的だね」

 

忌々しげに呟くシュラに対し、ジョナサンの口調は軽い。
半ば諦めの境地、厭世の達観と言った所か。


「今後の稼ぎ頭を容易く逃しゃしないって事かい。
 チッ…… 俺とした事がドジっちまったもんだ」

 

一度脱走を試みたシュラは、クロスボウを何発も浴びせられた上、鈍器でしたたかに打ち据えられている。
もうあらかた治っているとは言え、その体には傷跡と痣が幾つも残っている。

 

「ヘクス君だけでも逃がせたのは僥倖だったね。
 しかし、カナは君達の味方のはずじゃあなかったのかい?」

 

本来なら、カナは乱の後援者のうち一人。
だからこそヘクスのような若い剣士まで連絡要員として使っていたのだが……

 

「タックスの野郎が喧嘩なんざするからさ…… 女の恨みは怖いぜ」

 

「先に彼をフッたのはカナ様の方、かもね。
 あれだけ男漁りを続けていれば、そりゃあ、彼も愛想を尽かすだろう?」

 

その「男」にはジョナサンも含まれている。
取っ替え引っ替え美少年を屋敷に連れ込み、最後には殺してしまう、狂気の女領主。
その噂はもう隠しようの無い程広まっており、かつての才女としての名声は地に落ち果てている。

 

「それにしたって、あのヤブタって男が現れてからのカナは普通じゃないだろ。
 あんなおかしな声だってのに、すっかり夢中になっちまって……
 お前までこんな大会に投じる始末」

 

白衣の美男子達が剣を手に躍動し、互いを血に染め、舞う。
このテコ入れで興行成績は上向いているらしい。

 

「大人気イケメン剣闘奴隷様も、今日でお払い箱ってか?
 一体どうなってんだい?」

 

お気に入りの男達を投入してでも収益が必要だったのか? と、シュラは訝しむ。

そこまでしてでも稼ごうという、領主らしい真っ当な判断力が、まだあの女に残っていたのか?

 

「僕が勝ちすぎたせいで、客入りも悪くなっていたようだし……
 シェクを真似た血の儀式も、あまりウケが良くないみたいだし」

 

勝った者が、剣に付いた敗者の血を舐める。
シェク族曰く、散り行く魂に敬意を示し、敗者の力を取り込むものだと言うが……
確かに、客席を盛り上げる効果は出ていたが、ジョナサン目当ての女性客を遠ざける結果にもなったとか。

 

「本気で、終わらせる気なのかもね」

最後に派手に稼がせて、全員始末する気だ…… 
と、続く言葉は、彼も口にする気にならなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

<闘技場階下 カナ別邸>

 

「確かに、非課税の新規事業だし、ギルドがうるさく言って来てはいるけど……
 終わらせてしまうのは勿体なくないかしら?」

 

翳りのある眼差しに、艷やかな唇。
JRPGの微笑みってのは、男を狂わせる。
カナの前に立つ度、ヤブタは複雑な思いに囚われる。

が、チクリと胸を痛めたのは一瞬。

 

「タックスの野郎の計画が上手く行けば、こいつでガンガン稼げるだろ?
 エンドインの工房も見て来たけどよ、ありゃ本気だぜ」

 

酒瓶を手にニヤリと笑い、得意の口車。

 

「量産体制が整えば、お前らで帝国を牛耳るのも夢じゃねえってワケだ。
 潰してぇんだろ? 皇帝の一族をよぉ……
 奪いてぇんだろ? 支配者の座をよぉ……
 欲しいんだろ? 若くて美しい、不老不死の体をよぉ!」

 

耳元で囁き、指先で頬を突付くと、カナはビクリと肩を震わせる。

 

「見返してぇんだろ? タックスの野郎をよぉぉ!!
 なら目的は同じだ! 俺は全力で手を貸すぜ? キキキキキ!」

 

一瞬の硬直の後、静かにカナの奥底に火が灯る。

 

「何があっても互いを信じる……」

 

冷たい声音には、憎悪の色。

 

「そう言ったのは、あの人の方なのに」

 

誓ったのは、永遠の愛。

 

「許せない……」

 

彼女の中で、時は止まっている。


夕日の差す屋上で愛を誓い合った、あの日のまま。

 

「そうだそうだ! 許せねぇよなー!
 ちょっと男遊びに夢中になったくれぇで、器のちいせぇ野郎だぜ、あいつは!!」

 

どうせ治療など出来なかったとは言え、そう仕向けたのは誰だったか。
棚に上げて、ヤブタは笑う。

 

「許せない…… 許せない…… 許せない……
 ころす、ころす、ころす、ころす、ころすころすころすころす……」

 

ヤブタの甲高い声に釣られるように、カナの声音もヒステリックに感情を高めて行く。

 

「おっと、そろそろヤベーか。

 ほれ、今日の分」

 

先ほどの、酒瓶。

 

「全部飲むなよ?
 ちゃんと、三回に分けて飲むんだ」

「あ、あ、あっ!!」

飛び付くように、カナは酒瓶に手を伸ばす。

 

「ありがとうヤブタ!!
 もう、私の味方は貴方だけだわ!!」

 

今のブラッドラムでは、新人類の量産など不可能。
それを思い知らされたタックス達は、計画を変更した。
もう、ブラッドラムを撒き散らす愚を繰り返すことは無い。

 

「タックスの野郎もケチだねぇ~
 こんなイイモノ、独り占めしようなんてなぁ」

 

即座に栓を開け、カップも使わず直接飲み始めるカナ。

 

「スカッとさわやか、ブラッドラム!
 こんな美味いモン、飲まずに売るだけなんて、もったいねぇよなぁ~
 っと、おいおいおい、言ったばっかだろうが! また全部飲んじまいやがって……」

 

もう、彼女に自制心など残っているはずもなく。

 

「おーらしらねー どうなっても知んねぇぞー ケケケ! キキキキキキ!!」

 

歌うように、踊るように、破滅の芽を植えて立ち去る。

 

 

 

 

 


 

 

「では、準決勝第一試合を始める!
 両者、前へ!」

 

「ミルトン!」

「はい」

 

「シュラ!」

「おう」

 

 

「見てるだけの豚と呼ばれたゴミクズが、今ではご覧の有様! 怪力少年剣闘士・ミルトン!」

 

客からのブーイングが飛ぶ。
彼はいかにも華がない。
あくまで切られ役としての期待しか掛けられていなかった。

 

「かつてのカナ様お気に入りも醜い肉塊と成り果てたが、その実力は本物だ!
 まだまだ伸び盛りのこの豚、どこまで成長するのか!
 新人剣士の快進撃、今回も大番狂わせをしてくれるのか!?」

 

 

「口も態度も悪い女剣士! 反乱農民・シュラ!」

 

客席が湧く。

主に男性客からの下卑た野次が飛ぶ。
男勝りの女偉丈夫が斬られて死ぬところを見たくて来た客も少なくはないのだ。


「先日ポートノースに潜入し、捕まった扇動工作員が、早くも剣闘士デビュー!
 ちょいと色気にゃ欠けるがぁ、侍達を叩き伏せたその腕っぷしは超一流!
 本大会優勝候補の一角、順当な勝ち進みだーっ!」

 

掛率は圧倒的にシュラ。
だが、一発逆転を狙ってミルトン=ケントに賭ける客も僅かながら存在する。
両者が向かい合うと、彼らの興奮は更に高まる。

 

「ワリィが、勝たせてもらうぜ」

「貴方に剣を向けるなんて、僕は……!」

「ハッ、あいつに遠慮でもしてんのか?」


「はじめぇっ!!」

 

怒りの形相で、シュラは素早く剣を抜く。

 

「舐めてんじゃねぇ! お前じゃ俺に勝てやしねえんだからな!!
 生き残るために力を尽くせ! その覚悟がありゃ、おめぇはもっと強くなれんだよ!!」

実力差は一目瞭然。

たちまちケントは防戦一方に追い込まれる。


「あの子に振り向いて欲しかったら、もっと強くなれ!
 あいつを守れるくらいにな!」

 

ジョナサンと比べれば短い間だったが、ケントも反乱の企みには加わってもらっている。
何度か顔を合わせ、彼が年の近いヘクスに対し恋心を抱いているであろう事は誰の目からも明らかだった。

シュラにとっては妹も同然の少女……
この少年は、ヘクスを守れるか?


「ダメだダメだダメだ!! まるでなっちゃねえ!
 まずは奴隷の身分から解放されなきゃ話にならねえだろうが!
 見せてみろ! お前の本気を!!」

「う、うわあぁぁぁぁぁ!!」

 

ヤケクソの反撃も、ひらりと躱される。

 

「なんだそのへっぴり腰は!! 勝つ気がねぇなら、容赦しねえぞ!!」

 

 

 


「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ……」

「ミルトン、意識不明! 勝者、シュラ!」

 

 


「死ぬなよ、坊主……
 お前にはもっと強くなってもらわねえと……」

「どうも、俺は長生き出来そうもないからな」

 

 

 

 


 

 

「では、準決勝第二試合を始める!
 両者、前へ!」

 

 

 

「ウマ!」

「応ッ!!」

 

「ジョナサン!」

「はい」

 

 

 


「歴戦のテックハンターも、反乱軍に雇われるようじゃあオシマイだ!
 このシェク戦士の実力は、犠牲を出しながら捕らえた我らが一番良く知っている!

 優勝候補の一角が順調に勝ち上がった! 剛剣士ウマ!!」

 

「続いて登場! この男もまた優勝候補!!

 彼が強いのは夜だけじゃあなかった! 剣闘士となって以来負け知らずの連戦連勝!!
 人気、実力、美貌、全てを兼ね備えた男、ジョナサン!!
 今日も彼の優勝でキマリなのかぁ?! カクタ将軍との対戦が待ち遠しいぞっ!!」

 

実力者同士の対決に、客席は大いに沸く。
胴元にはかなりの金額が転がり込む事だろう。

 

「はじめィッ!!」

 

「残念です。事前工作が間に合わなくって……」

 

「おう。
 だが、吾輩も貴様とは決着を付けたいと思っていた所でな」

 

「そうですね…… 他の2人よりは良かった、でしょうか 
 貴方なら、本気で戦っても命を奪わずに済みそうですから」

 

「挑発ではなく褒め言葉と受け取っておこう。
 だが、そう平然と勝てる気でいられるのは、癪に障るわ」

 

「フフ、失礼を。
 僕にも、自負がありますから……」

「生き残った方が反乱軍を背負って立つ。
 そういう事で、どうかよろしくお願いします」

 

「良かろう。
 お互い、逃げるより戦いを選んだ身……
 晴れて解放された時には、全力を尽くし、貴殿らの誇りを背負って戦おう」

 

「貴方こそ、私に勝てる気でいるようですね?」

 

「フフフ、当然である」

 

 

二人の交わす剣戟は、長く続いた。

 

 

 

 

「くっ…… まだ、届かんと言うのか……
 その細い体で、フラットスキンが、どうして!!」

 

「単純な事です。
 私は毎日のように強敵と戦い続けて来ました。
 実戦経験の差、ですよ」

 

「野盗や獣相手では腕は磨けぬ、か……
 昨日今日剣闘士奴隷にされた我らとは違うという事であるか……
 だがッ!!」

「差を埋める手は、残っている!」

「だめだウマ! いけないっ!!」

 

懐に隠し持っていた瓶を取り出し、一口分だけを飲み込む。

 

「認証コード、レッド・ブルー・レッド……

 ブレイクゥ!!」

 

剛剣が唸り、防いだ鉈をジョナサンの両腕ごと跳ね上げる。

 

「重い!…… だが!!」

 

跳ね上げられた勢いのまま、切っ先を旋回させ、反撃に転じる。

強化の反動に全身を軋ませながら、ウマは2撃目を振るう。

……どちらが先か。

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「おおおおおおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 

 

「ウマ、意識不明!
 勝者、ジョナサン!!」


「ハァ、ハァ、ハァ…… く、くそ…… 目をやられた……
 早く治療しないと、シュラには、勝てない……」

 

 

 

 


 

 

 

 

「どうして…… どうして目が治らない!

 身体の傷は、とっくに塞がっているというのに!!」

 

「使ったね? ブラッドラムを」

 

「その声は、ドクター?」

 

「君達が使ったその薬物には、肉体を損傷前の状態に復元させる効果があるのだが……
 そう、か…… 

 戻るのは、摂取した時点での状態、という事か……」

 

ジョナサンがブラッドラムを使ったのは、戦いが終わり、止血を終えた直後。

視力は殆ど無いも同然。
これではシュラやカクタには勝てぬと、意を決しての服用だったが……
再生効果を発動しても、目を傷つけられた時点に戻るだけ。
決断のタイミングが、遅すぎたのだ。


「大変興味深い。次回の改善点として、これは……」

 

「ドクター。私は、治らないのか」

 

「悲観しなくていい。いずれ、私のX-セルが完成すれば、新しい目と取り替えてやることも出来るだろう」

 

「つまり、今は治せないんだな……」

ベッドに背を預け、諦めの溜息と共に脱力する。


「これで、シュラの優勝で決まりですか、先生」


「彼女も強いが、ブラッドラムによる強化無しでカクタ将軍に勝てるとは思えないな……」

 

「結局、みんな奴隷のまま……
 後は、死なずに済む事を祈るしか無いワケだ」

 

「どうだろうね。
 決勝は明日だろう?」

 

ドクター・チュンは、しばし思案の時間を取ってから、再び口を開く。

 

「ウムウム、それまでに、なんとかなるなら……」

 

(符丁か)

「よせよせ、気休めは。

 上手く行ってないんだろう? 反乱農民には期待していないよ、僕は……」

 

大仰な台詞回しで分かりやすく伝えてくる辺り、ドクターも場馴れしていないな。

監視の忍がいたなら、看破されているかもしれない所だ、と、ジョナサンは出口を塞いでいる侍の気配を探る。

・・・・・・・・
幸い、何の反応も無いようではある。

 

(私達の窮地を知り、明日までに行動を起こす気か。
 この厳戒態勢で無茶をする…… 一斉蜂起の準備はまだ出来ていないだろうに)

「誰も死なずに済めばいいのですが……」

 

反乱軍が間に合わなければ、勝ち上がったシュラが解放を賭けてカクタと対戦する事になる。

そうなれば……
おそらく、彼女は生き残れまい。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ハッ、どうした? いい男が台無しだな」

 

「ブレイカーの影響らしい」

 

ジョナサンはシュラにかいつまんで事情を説明し、彼女の分のラムを手渡す。

 

「使い所に気を付ければ、役に立つことは間違い無さそうだ。

 副作用で筋力が衰えている感じはあるけどね」

 

「ま、アンタらに預けとくよりはマシか……」

 

少なくとも、今度の試作品はカニバル化を引き起こさない事は確認出来た。

嫌そうな顔をしながらも、シュラは薬瓶を受け取る。

「シュラ、見張りは?」

 

「表で飲んでる。あれも明日への布石だろうよ。
 ヘクスとアクスが来て、酒の仕込みを始めてたぜ」

 

「間に合ってくれてよかったと言うべきかな」

 

「急いては事を仕損じるとも言うぜ?」

 

「……侍達にも飲ませているのか? アレを」

 

「回りが早いだけの普通の酒さ」

 

高揚感を与えつつ、代謝を加速して傷の治りを速くする。
その上辺の効果だけを利用し、可能な限り薄めたのか。
それとも、ただの酒なのか。
どうやら「先生」達の仕上げた酒は効果を発揮したようで、密談するだけの時間は確保出来たという事らしい。
しばらくすれば、監視の侍達も気持ちよく眠りに落ちて行く事だろう。

 

「タックス達の開発した、ブラッドラム。
 ウマの方はとっくに回復して、もう傷跡も残ってないってよ。
 本当に、アイツには素質があったんだなぁ」

 

「彼も計画に加わるべきだった、か。
 本当に、シェガー王の一族には、クラルの血が流れていたのか……」

 

「フェニックス、クラル、そして初代皇帝。
 『本物』と呼べるのは、ただそれだけ…… かい?」


「でも、流石にシェクと人間の間に子供は出来ない、かな」

 

「ハッ!!」

 

シュラの眼差しに強い嫌悪が混じる。

 

「混血を続けて薄まった血を、計画的交配によって復活させる。
 尊き血の再生計画。
 オペレーション・ブルーブラッド…… かい。 反吐が出る!」

 

タックスとカナは、特殊な血を継ぐ男女を集め、交配させる計画を進めて来た。

そうして産まれた勇者「レッド」は、反乱軍の未来の星とも呼べる存在……

分かってはいる。理解はする。

だが…… 女として産まれた以上、どうしても不快感は拭いきれない。

 

「結局、カナのやっている事もその一環なのかもしれないな。
 僕が狙われたのも、そういう事なんじゃないか?」

カナの男癖の悪さもまた、計画の一部だったとしたら?
ジョナサンもまた、特別な血の持ち主だったとしたら?

少なくとも、彼にカニバル化の兆候は無い。
不運な結果はともかく、再生効果も発揮された。

 

「俺といい仲にならなかったのも、そういう理由かい?」

気遣う事など何も無しに、シュラは軽く口にする。

 

「ハハ、違うよ。
 自分より強い女性が相手じゃ、僕のプライドも傷つくからね」

 

「わっははは! 俺はそういう男に勝ってみせるのが大好物なんだがなぁ!」

 

「結局、英雄の末裔とか、貴族の隠し子とか、そういうのは必要無かったんだ。
 人は、血筋になんて頼らなくても、どこまでも強くなれる」

 

戦って、生き延びて、強くなる。
それだけでいい。
ただそれだけの事が難しい時代だが……
それを体現した女性が、眼の前にいる。

 

「シュラ…… 君は、希望だよ」

 

「悪かったな、田舎者の野生児で!」

 

「フフ……」

 

 

と、遠くに犬の鳴き声。
ワンワン、ワンワン、と、二回と二回。
ボーンドッグではない。ヘクスによる犬の鳴き真似…… 合図だ。

 

 

「さ、無駄話はここまでだ」

 

シュラの顔から笑みが消える。
監視は眠り、夜も充分な闇の帳を下ろしてくれた。

 

「脱出の算段と行こうじゃないか」



 

 


 

 

 

いびきをかいて眠りこける門番の傍らを、小さな人影が2つ、駆け抜けていく。

 

「おう、決行か」

「なんとか、間に合いそうです!」

連絡員の少女ヘクスは、反乱軍の潜入工作員数名を連れて戻って来た。

工作隊は一度侍達に蹴散らされたが、それで敵に油断が産まれた。

ハイブ商人に賄賂を掴ませ、酒の中身を入れ替え……

そうして、見張りを眠らせる事に成功したという訳だ。


タックス先生の策はいつも見事に当たるなぁ……

ヘクスは感心しつつ、予定の行動に移る。

「武器庫には手を出せそうもないから、こんなのしかないけど……」

闘技場で使う業物の数々は近衛によって厳重に管理されている。

手渡せるのは、反乱軍の武装のみ。

 

「なあに、カタン製なら充分…… っと、コイツはあの時の?」

ホッブスさんが、持って行けって……」

 

奇怪な一振りにウマが驚き、手を伸ばすべきか一瞬悩む 
……と、背後の少年兵が声を潜めて告げる。

 

「近衛兵が走り出した!

 もう外じゃ始まってる! 急いで姉さん!」

 

ヘクスの弟、アクスだ。
その焦りようからすると、もう元帝国猟兵達による陽動作戦は始まったらしい。

脱出の機会は今しかない。

 

「これでようやく暴れられる」

潜入前に預けていた愛用の鎧と斬馬刀を装備し終え、ニヤリと笑う。

 

「姉さんも、早く脱出してよ!」

アクスは連絡のため走り去り、ウマも予定の合流地点へと向かう。

 

「じゃあ、君には、これ……」


ヘクスは、不承不承、余った装備をケントに手渡す。

「なんだい、これ……」

 

その形状の異様さに、サイコは思わず見とれてしまう。

 

「ウマさん達が遺跡から見つけてきた業物です。

 皆さん、慣れた武器の方がいいって言って、使いたがらなくって……」

 

「僕が使っていいのかい? ……君じゃなくて?」

「ウマさんが言ってた。
 その剣は血を流させるための形をしてるって……
 私は、嫌い……」

 

そんな剣を、自分に使わせる。
それが意味する所を、少女もまた、よく分かっているのだろう。
こんなに辛そうな顔で差し出しているのだから……

 

「いいさ。
 僕には似合いだ」

 

ケントは、その四枚刃のサーベルを手に取り、ニタリと笑う。

 

「う、うん…… じゃあ……」

 

勝つための剣ではなく、命を奪うための剣。

それを、自分とそう違わない年齢の少年に持たせる。

罪悪感に、ヘクスは視線を逸らす。

自分の弱さが恨めしい。

 

「この剣、名前はあるのかい?」

 

「四刃(よつば)、って、呼ばれてた」

 

「すごい…… これは、間違いなくレリックウェポン……
 フィーア・クリンゲ…… 語呂が悪いか。
 ヴィークリングン…… ヴィー……」

 

カナの屋敷で学べた、唯一良いと思える知識…… 
古語の知識の中から、響きのいいものを選ぶ。

 

「ヴィー」

 

シンプルなほどいい。
得心の笑みで、苦しさを払う。

 

「ありがとう。
 君は、僕に運命をくれたんだ……」

心の底から嬉しそうに微笑むケント。

彼は凶器を手に、はにかみながら背を向けた。

やるべき事を理解しているが故に。

 

そんな彼を見送りながら……
ヘクスは、心の底から恐怖した。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 



「どうだ? 先生」

 

ベッドに寝かせたカナから採血し、拡大鏡で血中の物質を確認する。


ドクター・チュンは、彼のような一部の形成外科医しか持っていない秘蔵の機器で、手早く、痛みを与えずに仕事を進める。

 

「ダメだな」

 

ため息と共に、拡大鏡から顔を上げる。

 

「もう手の施しようがない。
 副生物の増殖に対し、供給が追いついていない。
 貴族であれば食料の大量摂取によって肉体の消耗はある程度補えるだろうが……
 長くダメージを蓄積し続けた頭の方は……」

 

「脳細胞のダメージか」

 

「そうだ。よく知っているね」

 

「へっへっ、俺も同門だかんな」

 

「互いに良い師を持ったな」

 

互いの脳裏には、ふざけた恩師の姿。

 

「ならば、分かるな。
 これからどうなるか」

 

カニバル化か」

 

彼らの拠点が次々壊滅して行ったのは、調整に失敗したブラッドラムの副作用…… カニバル化のせいだ。

 

「貴族が人を喰う。
 キキキキ…… 近衛が守るとなりゃ、止めらんねーぜ?」

 

「愉快そうに言うんじゃない。
 下手をすると、デッドキャットの二の舞に……」

 

「いいじゃねえか。それで念願の帝国打倒が果たせりゃよ!
 あ~~~~ おもしれぇ! 見てみてぇなぁ!」

 

「まさか、君は……
 それが狙いで、レディー・カナを……」

 

「ん? ああ……」

意外そうに振り向くヤブタ。
思ってもいなかった、とでも言うような。

 

「そのつもりじゃなかったけど、ま、似たようなモンか?
 散々、俺達を弄んでくれたクソ女を破滅させてやりてぇ、とは思ってたかんな」

 

「君は、てっきり、その……
 愛し合っているものとばかり」

 

「誰が」

 

即答するヤブタ。
そこに、一秒ほどの迷いはあったか。

 

「俺は、俺様の自由を縛ろうとするモノ全てをブッ潰す。
 相手が帝国だろうと、てめーらだろうと、同じだ。
 キキキ…… せいぜい気をつける事だ」

 

徒手空拳の両の手を、握り、開き、意味有りげに蠢かせる。

 

「俺様を利用しようとすんのは別にかまわねーが……
 俺様の機嫌を損ねっちまうと、どうなるか、な」

 

事実、R-4 壊滅の原因を作ったのは彼だ。

が、反乱軍メンバーはまだその事を知らない。

 

「肝に銘じておこう。
 ……で、どうするね」

 

「当然、殺す。
 って、殺せねえのか?」

 

「ああ。朝には復活するだろうね。
 しかも、より脳を損傷した状態でだ」

 

うーん、と思案しつつ、ヤブタは数歩進み、隠し扉の前に立つ。

そのまま、慣れた手付きでガチャリと床下に通じる板戸の鍵を開ける。

 

「おお、また増えたな。

 センセーよ、コレ全部なのか?」

 

僅かな隙間から下を覗き込むと、そこには……

 

「ああ」

 

暗闇の底に淀む無数の息遣い。

ヤブタが天井の出口を開いても、気にした様子もない。
……「そうなっている」。
完全な無反応という、変異前の最終段階に入ってしまったのだ。

 

「ケッ、つまんねえな……」

せめて、むき出しの生存本能で暴れてくれれば、少しは面白く使えそうなものを。

「ブルーブラッド計画の子供達だ。
 カナめ、被検体の子供達を、まさかこう使っていたとは……」

 

「テメェの血だけじゃ足りないから、ガキどもから補おうってこったろ?
 ったく、頭はいいんだよなぁ」


つまりは、ヤヨイの時もそうだったと。
ただ単に発狂した訳ではなく、足りないナノマシンを他人から奪う目的でやっていた事だった、と。
グレイクラウド辺りが聞けば頭から火を吹いて怒り狂いそうな話だ。

「いずれこの子供達もカニバルと化す。放ってはおけんぞ」

 

「つっても、俺とセンセでみんな連れ出すってワケにもいかねえだろ?
 それに、俺ぁガキは嫌いだ」

 

「そうだな…… 
 騒ぎに乗じて火を掛ける事が出来ればいいのだが、生憎そのような準備もな」

 

「放っておきゃいいだろ。どうせロクに生き残りゃしねえよ」

 

侍だらけのこの町で変事が起きたとして、R-1村のような惨劇は起きないだろう。

被害は出るかもしれないが、手遅れになる前に鎮圧は可能なはず。

 

「俺とセンセで担げるだけ持ってけば、変態ジジイも……」

 

「ダメだ」

突然の金属音。
どのようにして甲冑を身に着けながら気配を消していたのか。

 

「て、テメェ!!」
「カクタ君!」

物陰で全てを立ち聞きしていたらしいカクタ将軍が、姿を現した。
不意打ちを仕掛ける事もなく、抜刀もせずに。
構えようとしたヤブタも、ゆるりと両腕を降ろす。

 

「大体の所は聞かせてもらったよ、ドクター。
 つまり、ブラッドラムや、被検体の子供達の血には、人をカニバルに変える副作用があるという事なんだね?」

 

無言で頷くドクター。
どうやら、カクタ将軍とは既に話を付けていたようだ。
影から反乱軍を支援しているという噂は事実だったらしい。

 

「見過ごせば、あの悲劇が世界に散らばる可能性もある、という訳だね」


暗い声音で言い終えると、しばしの沈黙。

連れ出す事は許さない…… という話ならば、どうすると言うのか。

 

「始末する、しかなかろう……」

 

ドクターの答えに、カクタは俯く。

 

「反乱に手を貸したのは、間違いだったのか……?
 この中には、私の子もいるかもしれないと言うのに……」

 

だからこそ、これ以上被害を拡げる訳には行かない。

 

……簡単だ。
出入り口は梯子一つしか無いのだから。

 

「責任は、私が取ろう」

 

その背にあるのは、カナ秘蔵の剣。
狐太刀とか言ったか。

 

「なーるほど、遺跡から出たヤツか。
 新種のレリック・ウェポンには、対ナノマシン効果があるって話だったな」

 

カクタは小さく頷く。
言葉の意味は分からなかったが、再生力を妨げる武器であると、概ね理解はしている。

 

「後は引き受ける……
 時間が無い。君達は決起の準備を進めてくれ」

 

「あ、ああ……」

 

「いいんだな?」

 

「やるさ。
 俺が、やらねばならん事だ」

 

「キキキキ…… いいトコで横取りしやがって!」

値踏みするような眼差しで、兜の奥の苦悩を見て取るヤブタ。

 

「ま、いいさ。 俺にゃ愛しの本命ちゃんがまだあんしな!
 人のいい将軍様が汚れ仕事を引き受けるってぇのも一興だ。
 どう転がるのか、楽しみなこったぜ!  ケケケ! キキキキキ!」

「行こう、ヤブタ君。
 すみません、カクタ将軍……」

 

「行け」

 

沈痛な面持ちで床の隠し戸を開くと、カクタは梯子を下ろし、闇の中へと降りて行った。

 

 

 


 

 

 

 


「出来ない……」

 

 

「狂い果てたとは言え……
 こんな、こんな多くの女子供を、この手で……」

 

 

「だ、だめだ! 俺がやらねばならんのだ!
 新種の武器でしか殺せんのなら、カニバルになる前に、この俺がやらねば……!!」

 

「やりますよ」

「け、ケント君?!」

 

「何をしている! 早く脱出したまえ!」

 

「将軍に出来ないなら、僕がやります」

 

「君のような少年に…… こんな事をさせられるか!」

 

「出来ますよ……」

「豚、豚、と罵られ続けて来た僕だから…… 出来るんですよ」

 

ニタア、と、楽しげに笑うケント。


「貴方こそ、早く行ってください。
 貴方がどう動くかで、結果は大きく変わるはずでしょ?
 なにせ、貴方無しじゃ侍達は動かない」

 

「だが……」

 

「僕が、こんな弱虫だったのは、たぶん、この時のためだったんだ……
 僕なら、喜んで、殺せるからさ…… 弱者を」

「早く行って! 時間が無い!」

 

「くっ……」

「す、すまない…… 私には、出来なかった…… 頼む……
 この恩は、必ず返す……」

 

「なら、いつか」

 

「いつか、また会えたなら」

「僕と、戦ってください」

 

「ああ、ああ! お安い御用だ!」

 

 

 

「・・・・・」

 

「僕も、強くなるんだ
 そのために、僕は……」

 



 

 

 

 

 

 

 

 


「な、なんて事だ!!!」


「死んでいる! 一人残らず!バラバラに!!」

 

「これじゃ、誰がどうなったか確認も出来んぞ!
 死亡報告書をどう書けばいいんだ!」

 

「衛兵は何をしておったのだ! あっ!!」

 

「子供達が怖がるからと、カナ様が近衛を遠ざけたのが、こんな結果になろうとは……」

 

「探せ! 犯人は返り血を浴びているはずだ!!」
 血の跡を辿れ!!」

 

 

 


 

 

「この子達を、頼みます」



「ヒッ?!」

背後からの声に振り向き、ヘクスが悲鳴を上げる。

ケントは、全身を返り血で真っ赤に染め、尚も足下に血溜まりを作るような状態だった。

ヘクスは思わず息を呑み、半歩下がってシュラの陰に隠れる。

 

「なんだ、そいつらは」

 

シュラは不機嫌そうにケントの背後に目をやる。

そこには、まるで立ったまま眠っているかのような、痩せた少女が二人。

ケントに手を引かれてここまで来たようだが……

 

「この二人は、泣いてたんだ……
 斬っても泣かない、何も反応しない、痛みを感じない……

 それでも、震えて、涙を流してたんだ。
 髪も赤い。基準値に達した子達って事、でしょ……」

 

ケントの声は、震えていた。
まるで、親に叱られる前の普通の子供のように。

 

「だから、なんだ」

 

突き放すように、シュラは苛立ちの声を返す。

 

「だから、お願いだ。
 その子達だけでも、連れ出してほしい」

 

被検体番号 9-5 ナイフ
被検体番号 1-9 イッキュウ

確かに、特別高い耐性がある事が確認され、カナの施設に預けられた子供達ではあった。

 

「チッ……
 斬っても死なないんじゃしょうがねえ……」

 

村の壊滅を見てきたシュラからすれば、ここに置いて行く事がどれだけ危険な事かは理解していた。

 

「こんな形でお前の成長を見届ける事になろうとはな。
 クソ…… 腹が立つ……
 お前にこんな事をさせなきゃならなかった俺達に、クソ腹が立つ!!」

 

苛立ちに叫びかけ、思いとどまる。

今そんな大声を上げる訳には行かない。

……と、そこにアクスが駆け戻って来る。

 

「急いで!! もう持たないって!」

侍達を釣りだした弓兵隊も、そろそろ限界らしい。

今すぐ、ここで決断しなければ。

 

「チッ、死なせといた方がって、後悔しそうだがな……」

 

バリバリと頭を掻き、舌打ちする。

 

「じゃあ……!」

 

「1-9は俺が担ぐ。

 ケント、お前は9-5を……」

 

「僕は、行かないよ」

 

「あァン?」

 

「こんな状態じゃ、追跡されちゃうでしょ」

浴びた量があまりにも多く、未だにブーツから血液が滴っている。

 

「ウマ、9-5を頼む。
 ヘクス、お前はジョナサンを先導しろ。出来るな?」


「仕方ない……」

「は、はい!!」

 

ウマがナイフを担ぎ、ヘクスは殆ど目の見えていないジョナサンの前を行く。

こんな有り様では逃げ切る事は出来まい。
誰かが、時間を稼がなければ。

「ありがとう、ヘクスさん。

 ヴィーは、最高の相棒だよ」

 

「っ……」

 

子供達の血を全身に浴びてニタリと笑う姿に、ヘクスはたじろぐ事しか出来なかった。

いかに反乱軍剣士の端くれとは言え、彼の気持ちを察するには、彼女はまだ幼すぎた。

 

「生きろよ、ケント。
 決して自暴自棄にはなるな。
 お前、痩せればいい男になんだからよ!!」

惜別の笑みを残し、シュラが走り去り、ヘクスもそれに続く。

 

 

一人残ったケントは、手渡された剣の意味を噛みしめる。

 

ああ、そうだ。

……人殺しの剣ならば、人殺しとして役立てよう。

 

 

 

 


 

 


「いたぞーっ!! こっちだぁーっ!!」

 

バタバタと、鉄靴の轟音が血まみれの少年を囲む。


「き、貴様は、ミルトン!
 カナ様や孤児達に手を掛けたのは、お前か!!」


「きさまぁぁぁ!! 剣闘士に取り立てて頂いた恩を忘れおって!!」

 

「そうさ、僕はミルトン。
 見てるだけの、豚……だった男」

赤く染まった顔の中、ニタリと白い歯が輝く。

 

「僕は大量殺人犯、四つ刃のミルトンさ!
 この愛刀ヴィーを恐れぬなら掛かって来るがいい!!」



決して想いが通じる事のないであろう人から贈られた、唯一つの品。

 

ならば、それが僕の愛すべき女性。
このヴィーをこそ伴侶として、僕は人を斬ろう。
望まれた事を、望まれたようにして。

 

 

 

<続く>